ニュース速報

ワールド

焦点:ロシアに残る西側企業、撤退のハードルは高まるばかり

2023年06月03日(土)09時09分

 3月にロシア事業の売却を完了したノルウェーの紙容器メーカー、エロパックのトーマス・コルメンディ最高経営責任者(CEO、写真)は、「未知の要素」が最大の問題だったと振り返った。5月27日撮影の提供写真(2023年 ロイター)

[1日 ロイター] - フィンランドのタイヤメーカー、ノキアンタイヤは昨年末、ロシア事業を4億ユーロ(約600億円)で売却する交渉が成立寸前だったが、そこでロシア政府がルールを変更した。

政府は昨年12月、ロシアから撤退する企業の事業売却価格を少なくとも評価額の半分に下げるよう求め、さらに売却資金の10%を請求。米財務省はこの請求金を「撤退税」と名付けている。

このためノキアンタイヤはロシアの石油・ガス大手タトネフチと合意していた事業売却価格を2億8600万ユーロまで引き下げ、ようやく今年3月になって外国投資の監視をしているロシア政府の委員会から承認を得られた。売却開始から実に9カ月後のことだ。

ロシア撤退までにノキアンタイヤが経験した長い道のりは、まだロシアから完全に手を引いていない西側企業にとって試練がどんどん大きくなっている状況を物語っている。ロシアのウクライナ侵攻から1年3カ月が経過し、多くの西側企業は既にロシアを去ったものの、なお残る企業が直面しているのは増大する一方の不確実性と言える。

ノキアンタイヤのヨハンナ・ホルスマ最高トランスフォーメーション責任者はロイターに「戦争が事業環境を急速かつ予測不能な形に一変させた。昨年9月と12月にロシアで新たに規制が改定されたことが重大な影響を及ぼした」と語った。

ウクライナに侵攻したロシアに対して昨年、西側諸国が制裁を科すとともに、通信からアパレル小売りまでロシアでの事業を停止した西側企業は何千にも上る。

中には大幅に値引きして事業を売り払ったり、現地に経営権を委ねたりする方法でさっさとロシアから出て行くことができた企業もあった。

足元では撤退の動きは大きくペースダウンしているが、「残留組」が関連ルールを突破して脱出を果たすのはますます難しくなってきた。

例えば大統領令に基づく資産国有化は常につきまとう脅威で、実際4月にはフィンランドのエネルギー会社フォータムとドイツ電力大手ユニパーが保有資産を接収されている。

<迫る時間切れ>

ノキアンタイヤの撤退手続きに従事したベーカー・マッケンジーのパートナー、ピーター・ワンド氏は、ロシア政府の委員会から承認を取り付けるには非常に多くの要求を受け入れ、長い時間を費やす上に、実現が難しいと明かす。

特にロシア人による事業評価を必要とする手続きは時間がかかるし、強化され続ける制裁の枠組みのために常に順守状況の点検も求められる。ワンド氏は「西側の視点に立てば、この評価手続きの内容や期限についてもっと具体的な説明があってしかるべきだ」と述べ、手続きの義務化が公表されたのはノキアンタイヤが事業売却協議まっただ中にあった12月半ばだったと付け加えた。

3月にロシア事業の売却を完了したノルウェーの紙容器メーカー、エロパックのトーマス・コルメンディ最高経営責任者(CEO)は、「未知の要素」が最大の問題だったと振り返った。

コルメンディ氏は、他のビジネス取引に比べて影響を及ぼす外的要素の可視性がずっと低いと指摘。ロシア政府の委員会は、処理すべき撤退申請書の多さに圧倒されている印象を受けたと話した。

同氏の見方では、エロパックは別の複数の企業とともにグループ化されて指示を受けたが、恐らくその理由は委員会が個別に対応する資源を備えていないからではないかという。

ロシア財務省のモイセーエフ次官は先月、撤退許可を求める企業それぞれに特殊な事情があることが処理を迅速に進められない原因だと説明し、委員会による企業との面会件数は1週間当たりで4-5倍に達し、常に20件の審査を並行して進めていると強調した。

引き続きロシアに資産を保有している西側投資家の1人によると、ロシアの買い手は大きく割り引かれた価格で資産を取得しようとしており、交渉における有利な立場を利用してこちら側の足元を見ている。

ノキアンタイヤのホルスマ氏は、詐欺に引っかからないためには買い手を厳選しなければならないと忠告。多くの買い手は、同時に幾つもの大規模な事業売却案件に首を突っ込んでくる「機会主義者たち」だと述べた。

大事なのはロシア政府との関係になる、と指摘するのはR・ポリティクの創設者タチアナ・スタノバヤ氏。「外国企業が政府側とどんな個人的つながりを持ち、ロシア指導層に影響力を行使できるパートナーになっているかどうかが鍵を握る」という。

ベーカー・マッケンジーのワンド氏は、ロシアに残る西側企業にとって時間切れが迫りつつあると警鐘を鳴らし、「適切な時期までに売却できなければ、事業継続するための資金を得られなくなる状況がやってくるかもしれない」と予想した。

(Alexander Marrow記者)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル対円で上昇、翌日の米CPIに注目

ワールド

ロシア軍機2機がリトアニア領空侵犯、NATO戦闘機

ワールド

ガザへの支援「必要量大きく下回る」、60万人超が食

ワールド

トランプ氏、ベネズエラ麻薬組織への地上攻撃を示唆
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 9
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中