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焦点:中国になびくアジア諸国、トランプ氏が招く米国離れ

2017年05月09日(火)08時39分

 5月2日、中国政府の勢力圏に引き寄せられる国々がアジア全域で増えつつある。写真は1日、フィリピンのダバオに入港した中国海軍艦艇を視察するフィリピンのドゥテルテ大統領(2017年 ロイター/Lean Daval Jr)

Martin Petty and Manuel Mogato

[マニラ 2日 ロイター] - 中国政府の勢力圏に引き寄せられる国々がアジア全域で増えつつある。先月末のASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議が示した南シナ海の領有権問題に対する弱腰姿勢は、こうした根本的な地政学的シフトが勢いを増していることを明確に物語っている。

トランプ米大統領が先週末にフィリピン、タイ、シンガポールの首脳と相次いで電話会談を行ったことは、トランプ氏の「米国第一」主義によってオバマ前政権の掲げたアジア「基軸」戦略が放棄されたのではないかと懸念していた人々を勇気づけたかもしれない。

だが、プリーバス大統領首席補佐官によれば、各国首脳との会談は、北朝鮮との対立が「アジアでの核や大量破壊」につながった場合に、アジア同盟国との連携を保つことを意図したもので、広範囲な戦略的目標には触れなかったという。

米国が自分たちの後ろ盾になっていると、東南アジア諸国が安心するためには、もっと別の何かが必要だろう。

それと同時に、いくつかの東南アジア諸国は中国に接近しつつある。南シナ海の領有権紛争に対する態度を和らげ、中国政府が進めるインフラ整備計画「一帯一路」の分け前にあずかることで、米国による環太平洋経済連携協定(TPP)離脱のダメージを補おうとしている。

トランプ大統領と中国の習近平国家主席のあいだで予想外の友好関係が生まれていることも、中国寄りにシフトしているアジア諸国にさらなる自信を与えている可能性がある。

「以前であれば、東南アジア諸国の大半は、中国の地域的な経済イニシアチブと、米国による中国への対抗策の双方から利益を得たいと考えていた」と東南アジア研究所(シンガポール)のマルコム・クック上席研究員は語る。「現在、このバランスのうち、後者についての疑問が生じている。そこで、外交面、安全保障問題において中国に従う圧力が高まっている」

<「中国政府への圧力は無意味」>

フィリピンのドゥテルテ大統領は、これまでの人権弾圧についてオバマ政権からの批判を浴びたことに憤慨し、昨年の北京訪問中に、長年の同盟国である米国との「決別」を表明した。

米ホワイトハウスは、煽動的な態度を取るフィリピン指導者とトランプ氏との対話は「非常に友好的」だったと説明。ドゥテルテ大統領をワシントンに招待したことで、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチからは「ドゥテルテ氏の血なまぐさい麻薬取締り作戦を事実上容認するものだ」との批判を受けている。

だがドゥテルテ大統領は1日、中国政府との新たな友好関係を強調するかのように、彼の地元に入港した中国海軍艦艇を視察した。中国艦艇がフィリピンをこのような形で訪問するのは数年ぶりである。

ドゥテルテ大統領は昨年、南シナ海で広範な領有権を主張する中国に対する国際法上の異議申立てを棚上げして、数十億ドル規模の融資やインフラ投資を巡る交渉を開始した。今回、10カ国が加盟するASEAN首脳会議はマニラで開催され、同大統領が議長を務めた。

ASEAN加盟国の複数の外交当局者によれば、首脳会議に先立って、中国はフィリピンに政府当局者を派遣して働きかけを行っており、各国首脳が集まりもしないうちに、ドゥテルテ大統領は「中国の海洋活動に関して中国政府に圧力をかけるのは無意味だ」と発言していたという。

ロイターが閲覧した首脳会談の共同声明原案には紛争が生じている水域における埋め立てと軍事化についての言及があったが、その後削除された。「緊張」や「活動の拡大」についての言及も同様だ。

クック氏によれば、首脳会談をこのような結論に誘導したのはフィリピンであり、「南シナ海紛争に関してASEAN内に中国の影響力を及ぼす代理人として振る舞うのが、もはやカンボジアだけではなくなった」ことは明らかだと語る。

<ASEANが影響力を失うリスクも>

タイとマレーシアも中国に接近しつつある。オバマ政権時代には、軍部主導のタイ政府の下で自由が圧迫されているとの懸念から、米政府との関係は悪化していた。

トランプ氏は30日の電話会談の際に、タイのプラユット首相に米国訪問を求めたものの、元将軍が率いる政権の視線は別の方向を向いている。プラユット政権は先週、中国から10億ドル超で3隻調達する予定の潜水艦の1隻目の購入予算を承認した。

シンガポールのリー首相は、米国政府の新たな姿勢により、アジアの政治・経済バランスに変化が生じているという。

シンガポールはベトナム同様、中国接近の兆候を見せていないが、リー首相は29日、他のASEAN首脳に対し、トランプ大統領が「過激に異なるアプローチ」を採用しているとはいえ、米国と中国とのそれぞれの関係におけるバランスに配慮すべきだと強調した。

トランプ氏は11月にこの地域で予定されている2つの首脳会議に出席する意向を示している。

だが東南アジア諸国は、中国の強引な姿勢に対する防壁として、これまでのように、どの程度米国に頼ることが出来るのかを探っているところだ。ASEAN諸国の外相は4日のティラーソン米国務長官との会談でその答えを見つけようとするだろう。

不確実な米国政府のコミットメントは、ASEAN諸国を、好条件の融資やインフラ投資、関税引き下げを掲げる中国の方に引き寄せるだけだ、とアナリストは指摘する。ただ、そうなれば、ASEAN諸国は交渉力低下というリスクを背負うことにもなる。

チュラロンコーン大学(バンコク)安全保障・国際問題研究所のティティナン・ポンスディラック所長は、米国政府を再び勢力バランスに引きこむとともに、日本の影響力を拡大することにより、交渉力を強化することがASEANにとっては必須課題になると指摘する。

「中国に対する譲歩、順応、あるいは妥協によって、いまやASEANは危険な立場にある」とティティナン氏は語る。「中国が今後も抜け目なくASEANを別の方向に誘導するならば、ASEANの状況は今よりもはるかに悪くなるだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
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