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アングル:インドで試される中銀デジタル通貨の実力、波及効果も

3月28日、 通貨制度発達の歴史を展示しているインド準備銀行(RBI、中央銀行)の「貨幣博物館」の外では、果物の露天商を営むバチュチェ・ラル・サハニさんがまさに最新の通貨、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の「eルピー」を試しに使っているところだ。写真はインドの国旗と紙幣のイメージ。2017年6月撮影(2023年 ロイター/Thomas White)
[ムンバイ 28日 トムソン・ロイター財団] - 通貨制度発達の歴史を展示しているインド準備銀行(RBI、中央銀行)の「貨幣博物館」の外では、果物の露天商を営むバチュチェ・ラル・サハニさん(45)がまさに最新の通貨、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の「eルピー」を試しに使っているところだ。
RBIは昨年11月に銀行間などの「ホールセール」分野で、さらに12月には小口決済の「リテール」分野でそれぞれ試験運用を開始。サハニさんは、インドで最初にCBDCを使用する小売業者の1人になった。
それ以来、サハニさんがeルピーで行った取引はわずか30回ほどだが、今は現金派が多い客の間でいずれ普及するだろうと期待する。
リンゴやナシをパッキングしつつ、なじみ客に甘いブドウが入ったと声をかけていたサハニさんは「eルピーはインターネットなしでも使える。(電子決済の)グーグル・ペイやペイTMを利用する場合は、ネットワーク問題に直面する」と述べる。
ただ、eルピーは試験段階だから「みんなにはまだ、知られていない。そのうち広がるだろうが、それには時間がかかる」とトムソン・ロイター財団に語った。
シンクタンクのアトランティック・カウンシルによると、現在は100カ国余りがCBDCの調査や開発、試験運用に乗り出している。既に導入したのは、バハマやジャマイカ、ナイジェリアを含めて十数カ国だ。
インドに関しては、CBDCが今の通貨制度に取って代わるのではなく補完的な役割を目指しており、透明性と低い取引コストの確保を通じて大きな将来性が見込める、とRBIが昨年10月に公表したeルピーの概要説明文に記されている。「eルピーはインドのデジタル経済を発展させ、ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂:だれもが金融サービスを享受できるようにする取り組み)を強化し、通貨・決済システムの効率性を高めてくれる」という。
アトランティック・カウンシルのジオエコノミクス・センターのシニアディレクター、ジョシュ・リプスキー氏は、暗号資産(仮想通貨)市場の拡大や、ウクライナに侵攻したロシアに対する金融制裁も、各国がCBDCを試す動機になっていると分析。「仮想通貨の台頭は、インドのような国を通貨主権が維持できるかどうか不安にさせ、代わりとなる存在に目を向けさせている」と指摘。特にドルに裏付けられたステーブルコインへの懸念があるとの見方を示した。
その上で「インドにおける試験運用には、大きな意味がある。世界有数の経済規模で、他国が行動を起こす起爆剤の役目を果たしているからだ」と付け加えた。
<金融包摂>
世界的に見ると、現金の利用は減り続け、その傾向は新型コロナウイルスのパンデミック中に加速した。一方で、世界銀行によると、今も17億人の成人は銀行口座を持てる境遇に置かれていない。
国際決済銀行(BIS)はリポートで、携帯電話の電子ウォレットを通じて利用可能なCBDCなら、特に市場規模の面で民間セクターが参入に「二の足」を踏むような地域でも、デジタル決済サービスの導入につながり、金融包摂を促進してくれると分析した。
ただ、金融犯罪を追っている英国のライター、オリバー・ブロー氏は、多くのCBDCが既存の金融システム経由で稼働するよう設計されていると分析。「金融サービスを現時点で利用できない人たちを包摂する形にもできるが、その費用は高額になるだろう。各中銀がそうした負担を積極的に引き受ける姿勢はほとんど見えない」とトムソン・ロイター財団に問題点を訴えた。
各中銀にとってより大きな動機は、マネーロンダリング(資金洗浄)をはじめとする金融犯罪の取り締まりが進むことにある、とブロー氏は解説する。現金はほぼ追跡不能だが、CDBCには身元を証明するIDが必要になるためだ。
ブロー氏は「デジタル通貨に匿名はあり得ない。アップルペイでもデビットカードでも、あなたが使えば取引記録を追うことができる。嫌なら現金だけを使うしかないが、それはかなり難しい」と語った。
RBIは、デジタル通貨に匿名性を付与すれば「闇経済」や違法取引を促進しかねない以上、CBDCが「現金と同等」の匿名性やプライバシーを保つ設計になる公算は乏しいとしている。
RBIのサンカル副総裁は「匿名性は通貨の基本的な特徴の1つであり、われわれはそれを確保しなければならない」と述べたが、具体的な措置については明らかにしなかった。
<不安要素>
インドでは近年、電子決済取引自体は急増している。RBIの肝いりで導入された「統合決済インターフェース」(UPI)によって、小口の買い物にも手軽に利用されるようになったからだ。
この仕組みを監督している非営利団体のインド決済公社によると、UPI経由の決済取引は今年2月が70億件超、約1500億ドル相当に上り、1月は過去最高を記録した。
当局は、UPIが銀行サービスや各種福祉プログラムの利用拡大を後押ししたと評価している。
もっとも、同時にプライバシーとセキュリティーを巡る懸念も浮上してきた。
権利擁護団体フリー・ソフトウエア・オブ・インディアのスリニバス・コダリ氏は「いかなるデジタル決済制度でも、特にCBDCではプライバシー(保護)が最大の不安要素だ。インドのデータ保護法案は、政府が例外的に全データにアクセスできると定めている」と主張した。
また、コダリ氏は「サイバーセキュリティーも心配だ。セキュリティーの穴があれば、人々は脆弱な状態で放置される。インドにおいては、CBDCも他のデジタルインフラ同様、透明性も市民の参加もないまま開発されてきている」と述べた。
こうした中で、銀行関係者すら現段階ではUPIよりeルピーの方が明確に優れている点を見つけられていない。
ムンバイ郊外の高級品店が並ぶモールにあるスーパーマーケットでレジの仕事をしているレシュマ・ドクレさんの話からも、それがよく分かる。ドクレさんは、eルピーの取引はほとんどの場合、うまくいかず滅多に使われないと明かし「何人かのバンカーが試しに来たのを除けば、今のところ利用者はゼロだ」と述べた。
(Roli Srivastava記者、Rina Chandran記者)