コラム

小沢の神通力はもう通じない

2010年08月30日(月)17時05分

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さらば豪腕 9月14日の代表選に敗れて政界退場に追い込まれる可能性は十分ある
Yuriko Nakao-Reuters
 


政治家の生涯は、幸福な時期に不慮の形で幕を閉じない限り、最後は不幸な結末を迎える。政治とは、そして人生とは、そういうものである。 ----エノック・パウエル(20世紀イギリスの政治家)


 小沢一郎が再びリングに上がろうとしている。9月14日の民主党代表選に、菅直人首相の対抗馬として小沢が出馬の意向を固めたという。

 小沢の出馬動機に関しては、さまざまな憶測が飛び交っている。政治資金問題で法的に難しい立場に立たされていることと関係があるのではないか、と言う論者もいる。代表選に負けても存在感を見せ付けることにより、重要ポストを獲得しようとしているのではないかと指摘する論者もいる。小沢支持を表明している鳩山由紀夫前首相は、「国のために命をかけたいと決断した」のだろうと述べている。

 私自身はもうとっくに、小沢の真意を読むという作業を放棄している。以上の説のいずれかが正しいのかもしれないし、すべてが正しいのかもしれない。あるいは、すべて間違っているのかもしれない。

■「チルドレン」の本当の忠誠心は?

 どのような思惑や計算があって小沢が出馬するのかは分からないが、代表選後にはドラマチックな展開が待っているかもしれない。

 1つのシナリオ(私はそれが最善だと思っている)は、小沢が屈辱の敗北を喫して、それが政界退場の序曲になるという筋書きだ。小沢が民主党の国会議員票をどの程度獲得できるかは、はっきりしない。私の考えでは、メディアが言うほど、小沢は若手議員の忠誠を期待できないと思う。

 それ以上に不透明なのは、一般党員とサポーター(会費制の投票資格保持者)がどの程度小沢を支持するかだ。世論では、小沢不支持の声が大勢を占めている(その点は民主党支持者も例外でない)。

 それでも、もし小沢が代表選に勝ったらどうなるのか。その場合は、いよいよ政界再編の引き金が引かれると予測する向きが多い。小沢が民主党代表・首相になれば、菅の下で党や内閣の要職に就いている民主党反小沢派の大物たちは冷や飯を食わされるだろう。

 反小沢派に残される選択肢は2つだ。1つは、民主党にとどまって非主流派を構成する(その結果、民主党を完全に「自民党化」させる)という道。もう1つは、離党して渡辺喜美のみんなの党と合流するなり、まったく別の新党をつくるなりするという道だ。

■「ねじれ国会」解消は至難の業

 小沢の長い政治経歴のもっと別の時点であれば、政治的な奇跡を起こして、よその政党から議員をごっそり引き抜いたり、新たな連立政権を樹立したりして、「ねじれ国会」を解消して政権を安定化できたかもしれない。しかし、今の小沢に奇跡を起こす力はないと見なしてほぼ差し支えない。

 野党の協力を取りつけようにも、民主党がふらついていては、野党に駆け引きの主導権を握られる(これは首相就任後に菅が身をもって体験したことでもある)。しかも目下の厳しい経済情勢を考えれば、政治の機能マヒ状態を長引かせて困るのは、野党以上に与党の民主党だ。

 おまけに、小沢は国民に人気がなく、「古い悪しき政治」のシンボルのようにみなされているので、野党はいっそう強い立場に出られる。民主党内に非主流派を抱えるとなると、野党と交渉に臨む際の小沢の影響力はさらに弱まる。

 現状では、誰が民主党の代表になっても政治的に極めて厳しい状況に置かれる。小沢が代表に当選し首相になれば、民主党を取り巻く情勢がますます厳しくなるだけだ。

 こう考えると、小沢はエノック・パウエルの格言どおりの末路をたどることになるのではないかと、私には思える。数々の敗北と数々の勝利を経験してきた小沢の長い政治人生は、ついに敗北により締めくくられるときが来たのかもしれない。いま自分が首相になるべきだという説得力ある理由を小沢は示せていない。民主党代表選で投票する有権者たちも、それは感じているはずだ。

[日本時間2010年8月26日13時14分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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