コラム

地球に帰還した古川聡宇宙飛行士、「軌道上記者会見」で2度質問した筆者が感じたその人柄と情熱の矛先

2024年03月12日(火)22時20分

JAXAは宇宙飛行士によるアウトリーチ活動に力を入れており、今回の古川さんの滞在中も子供や学生が会話をしたり共同作業をしたりする機会が多く盛り込まれました。マスコミに対しても、古川さんがISS滞在を始めて間もない23年9月14日と、帰還直前である本年2月20日に「軌道上記者会見」と名付けて質疑応答をする機会を設けました。筆者は幸い両方で古川さんに質問する機会を得ました。

軌道上記者会見は、全体で約20分間です。宇宙飛行士による冒頭挨拶、記者との質疑応答、宇宙飛行士による締めの挨拶という順に進められます。質問は事前に提出し、まず大手マスコミが作る記者クラブから代表質問が3つ行われ、その後に時間が許される限り、他の質問が続きます。質問役に選ばれた記者たちは当日顔を合わせると、同じ質問をしないためや話の流れが適切になるように、質問内容や順番を話し合いで決めます。

ISSは平均高度400キロメートルの上空にあり、約90分で地球を1周しています。地上とISSの間には音声が届くまでに約7秒のタイムラグがあるため、「質問の終わりには必ず『以上』と付ける」「『ありがとうございました』と言い合うと時間のロスになるので、言わずにすぐに次の質問者が話す」などの独特のルールが、記者会見前にJAXAより説明されます。

「印象的」な笑顔が減った古川さん

筆者は若田宇宙飛行士にも軌道上記者会見で質問した経験がありますが、若田さんと古川さんの受け答えの違いはとても印象的でした。

若田さんは記者の質問に剛速球をズバっと返し、短い会話でテンポよくボールが行き来します。対して古川さんは、記者が1つの質問ボールを投げると、不足のない回答を目指してストライクゾーンを満たすように丁寧に複数のボールを投げてくるようなイメージです。

また、古川さんの印象を取材したことがある記者に尋ねると、「笑顔が印象的な、太陽のように明るい人」という答えがよく返ってきます。けれど最近、宇宙に行く前やISS滞在初期は笑顔が少なく、特に記者に対しては今まで以上に慎重な態度を心がけているように見受けられました。

その理由には、いわゆる「JAXAの研究不正問題」が大きく影響していそうです。

JAXA筑波宇宙センターで行われた宇宙生活を地上で模擬する精神ストレスに関する研究で、捏造や改ざんなどの不正が多数あったことが22年11月に発覚しました。実施責任者の古川さんは自身では捏造や改ざんを行っていませんが、戒告の懲戒処分を受けました。

その時の記者会見で古川さんは、「私は『トラスト・バット・ベリファイ』を目指している。仲間を信頼するが、念のため確認せよという意味だ。本件はベリファイが不十分で、信頼の気持ちが勝ってしまった。役割分担するにしても、きちんとしたプロセスで実施しているかを確認すべきだった」と反省の弁を述べました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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