コラム

笹子峠越え 甲州街道の歴史が凝縮した「最大の難所」を歩く

2019年06月11日(火)15時45分

撮影:内村コースケ

第9回 笹子駅→笹子峠・笹子雁ヶ腹摺山→甲斐大和駅
<平成が終わった2019年から東京オリンピックが開催される2020年にかけて、日本は変革期を迎える。令和の新時代を迎えた今、名実共に「戦後」が終わり、2020年代は新しい世代が新しい日本を築いていくことになるだろう。その新時代の幕開けを、飾らない日常を歩きながら体感したい。そう思って、東京の晴海埠頭から、新潟県糸魚川市の日本海を目指して歩き始めた>

◆甲州街道最大の難所

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「日本横断徒歩の旅」全行程の想定最短ルート :Googleマップより

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これまでの8回で歩いてきたルート:YAMAP「活動データ」より

今回は、第5回「小仏バス停→藤野駅」に続く2回目の「山越え」である。これはあくまで徒歩の旅であって登山ではないのだが、火山列島である日本を歩けば、要所要所で山に突き当たる。現代ではそのほとんどに舗装道路やトンネルが通っているが、徒歩では昔ながらの「山越え」が気持ちがよく、案外効率的だったりする。

この旅の前半の行程の目安にしている甲州街道に沿えば、第5回で行った東京脱出は、国道20号の大垂水峠を歩くルートが素直だった。しかし、排気ガスと騒音にまみれた国道の峠道を歩くのは嫌だったので、裏高尾から登山道に入り、景信山・陣馬山を経て神奈川県側の藤野に下りた。その後、郡内地方と呼ばれる山梨県東部を甲州街道沿いに歩いてきて、前回は郡内地方最西端の駅、笹子駅でゴールした。

その続きを歩くために、元号をまたいで再び笹子駅に戻ってきた。令和初の歩き旅である。眼前には、山梨県を今立っている郡内地方と甲府盆地側の国中地方に分ける笹子峠が立ちふさがっている。笹子峠は、昔から甲州街道最大の難所と言われてきた。明治36年にまず鉄道のトンネルができたが、現代の交通の要となっている国道20号と中央自動車道の笹子トンネルができたのはいずれも戦後のことだ。

徒歩で笹子峠を抜ける最短ルートは国道20号の「新笹子トンネル」経由ということになるが、それは事実上不可能だ。片側1車線の狭いトンネルで、歩道がない。全長約3kmと長く、中の空気は劣悪だ。前回の峠越えではあえて登山ルートを選んだが、今回は好むと好まざるとに関わらず、山越えルートしかない状況なのだ。そんなわけで、僕たちは、新笹子トンネル入り口手前で国道を左に折れ、峠道の方へ向かった。

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笹子峠への分岐。右の国道20号を直進した先が新笹子トンネル

◆旧甲州街道の山道へ

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旧甲州街道沿いの民家の軒先で出会った犬

毎回参加自由の旅なので、言い出しっぺの筆者が一人で歩くこともあれば、仲間と歩くこともある。やはり、町歩きよりも非日常的な山越えの方が人気があるようで、今回も前回の山越え同様、自分を含めて最多の5人のパーティーで歩いた。到達目標は笹子トンネルの先の駅、JR中央本線の甲斐大和駅である。

山越えで甲斐大和駅に向かうにしても、いくつかルートがあった。メンバーと相談した結果、遊歩道と車道を歩く旧甲州街道を通って笹子峠頂上まで行き、そこから本格的な登山道に折れて尾根伝いに笹子雁ヶ腹摺山(ささごがんがはらずりやま・1357m)から3本の笹子トンネルの上を通り、大鹿峠を経て甲斐大和駅に下りるルートを選んだ。ただ、僕も含めメンバーのうち3人は学生時代に山の経験があるものの、既に体がなまりきった50手前の中年。登山はほぼ未経験の同年代の女性もいたことから、旧甲州街道と笹子雁ヶ腹摺山の間の鉄塔巡視路から下山するエスケープルートも設定しておいた。

いずれにしても、旧甲州街道沿いの歴史と、その先の自然に期待が高まるルートである。国道から外れると間もなく人里が途切れた。最後の民家の軒先につながれていた真っ白い老犬に見送られ、渓流沿いの山道に入ってゆく。

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旧甲州街道を歩く。人里が途切れる先は山間の遊歩道

◆令和元年の昭和のゴミ

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旧甲州街道の遊歩道沿いにあったゴミの山。空き缶の古いデザインから昭和の負の遺産であることが分かる

舗装道路が切れると、右に渓流、左の斜面の上に旧道の車道が通る杉林の遊歩道になった。天気も気候も抜群。山に入る瞬間のワクワク感が満ちてくる。ところが、それから10分も経たたないうちに、出鼻をくじかれるような光景が広がった。車道から遊歩道にかけての高さ10m、幅20mほどの斜面一面に、空き缶や空き瓶が無数に散らばっていたのだ。

近づいてよく見ると、どの空き缶もデザインが相当に古い。ほとんど錆びていたり、昭和45年生まれの僕ですら見たことがないようなレトロな缶もあった。「令和元年の昭和のゴミ」なのは間違いない。そもそも、山にこれほどまとまってゴミが散らばっているのを、近年はあまり目にすることがない。この一角だけ、公害が大きな社会問題になっていた高度経済成長期から、タイムスリップしてきたかのようだ。

いったいなぜ、そんなことになっているのか。最初は、かつてここにドライブインかなにかがあり、長年土に埋まっていた大量のごみが今になって出土したのかと想像した。しかし、後に取材した限りでは、ここにはそうした過去はないとのことだった。遊歩道の整備を担当する大月市産業観光課にも電話で問い合わせてみた。しかし、そこでもこの場所の惨状については把握している様子だったが、ごみの由来までは分からず。「例えば、この一帯が国有林と県有林の境界になっているなどの理由で所有者がはっきりせず、担当が分からないのでごみが取り残されているのでは?」という仮説を立てて聞いてみたが、そういうことでもないという。

沿道は地元の人たちが定期的に清掃美化活動をしているとのことで、他はどこもゴミひとつ落ちていないきれいな山道だった。それだけに、「なんでここだけ昭和の時代からゴミが大量に放置されているのか」という疑問は、もはや笹子峠のミステリーである。市の担当者は私の問い合わせに対し、「ありがとうございます。ご指摘いただいたので、対応を考えたいと思います」と応じた。僕は特に片付けてほしいと要望したわけではなく、ただ理由が知りたかっただけなのだが、次に訪れた時にはゴミがすっかりなくなっているかもしれない。

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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