家族と離れて生き残ることに何の意味があるのか...ガザから一人逃れた23歳のアーティストが語る胸の内
Voices From Behind the Wall
家を出るとき、私は自分の絵をすべて置いてきた。画材も、絵の具も。歯科医の研修も中断。私の通った大学も、研修で行くはずだった病院やクリニックも破壊された。もうあそこに、戻るべき暮らしはない。
その後も私たち家族は二度の避難を強いられた。ガザの南部は安全だとイスラエル軍は言っていたが嘘だった。生きるのに必要なものがほとんどなかった。きれいな水は乏しく、ラファの検問所はイスラエル軍が封鎖しているので、外国からの支援物資も私たちまで届かない。
でも最高に苦痛なのは画材がないことだった。絵を描けない時期がこんなに長く続くのは初めてだった。描きたいのに絵筆もないし絵の具もない。あるのはペンと、何枚かの白い紙だけ。それでも描かなければストレスがたまる一方だから、とにかく描いた。意外なことに、結果は今までに私が描いたなかで最高に美しい一枚となった。最高に痛い一枚、とも呼べるけれど。
それはガザ地区の形をした穴から天を仰ぐ女性の顔のドローイング。一枚の紙を突き破って顔を出し、苦悩をたたえた目で祈るその女性は──私だ。タイトルは「家(ホーム)を探して」。あのころの私はとにかく家と呼べる場所がほしかった。そしてそれを見つけることは困難で、ほとんど不可能に思えていた。





