ワンピースの旗はなぜ、Z世代の抵抗のシンボルとして世界に広がったのか
From anime to activism: How the ‘One Piece’ pirate flag became the global emblem of Gen Z resistance

『ワンピース』の海賊旗を背負ってパレスチナ支援デモに参加する学生(9月22日、ローマ) © Sebastiano Bacci/ZUMA Press Wire
<インドネシア、ネパール、フランス......世界各地の抗議運動で、漫画『ワンピース』に登場する海賊旗が若者たちのシンボルとして掲げられている>
パリやローマ、ジャカルタ、ニューヨークの抗議デモに、ある旗が現れた。
笑う骸骨に赤いリボンの麦わら帽子。日本の人気漫画『ワンピース』から生まれた、架空の海賊団の紋章だ。その海賊旗が、現状打破を求める世界の若者たちのシンボルになっている。
2025年9月、ネパールのカトマンズでは、SNSへのアクセス遮断を命じた政府に若者たちの怒りが爆発、壮麗な政府複合施設「シンハ・ダルバール」に炎が上がった時も、この旗が翻っていた。
およそ30年前に生まれたこの旗は、インドネシアやネパール、フィリピン、フランスといった国々で、若者主導の抗議運動の象徴へと変貌を遂げている。
メディアと民主主義を専門とする筆者から見ると、ワンピースの海賊旗(通称ジョリー・ロジャー)が漫画のページから抗議の現場に広がったのは、Z世代がポップカルチャーを使って新しい抗議の言葉を生み出していることの証左だ。
共有される「抵抗の物語」
ワンピースは1997年、Z世代の誕生とほぼ同時期に尾田栄一郎が連載を始めた。
これまでに5億部以上を売り上げ、一人の作者が描いた漫画作品で累計発行部数トップ、というギネス世界記録を達成している。
長寿アニメシリーズや実写映画も生まれ、グッズ化などの権利を持つバンダイナムコはライセンス収入だけでも毎年7億2000万ドル(約1000億円)以上を売り上げる巨大市場に成長した。
モンキー・D・ルフィ率いる海賊団「麦わらの一味」は、腐敗した世界政府に立ち向かいながら、自由と冒険を求めて航海を続けている。
ファンにとって、ワンピースの旗は単なる装飾ではなく、反抗と不屈の象徴だ。ルフィが「悪魔の実」を食べて体を自在に伸ばせるようになる設定は、限界を超えるレジリエンス(回復力)のメタファーとして受け止められ、腐敗や不平等、権力の横暴のなかで生きる若者たちの共感を呼んでいる。
抗議者たちがこの旗を掲げるのは、単に人気作品の見た目や雰囲気を借りるためだけではない。数百万人の人々に通じるワンピースの「抵抗の物語」を引用しつつ抗議している。
ワンピースの旗はこの数年のデモで目立つようになった。2023年にはニューヨークでの親パレスチナデモでも掲げられていた。
だが、本格的に政治的な意味を帯び始めたのは、2025年8月のインドネシアだ。国会議員に高額の住宅手当が支給されているという報道がきっかけで、格差拡大や生活苦に苦しむ若者たちは、ワンピースの旗を掲げて立ち上がった。
インドネシアはちょうど独立記念日を迎えたところで、政府が国旗を掲げるよう促していたのに対し、若者たちはあえてワンピースを掲げて抗議の声を上げ、象徴としての対比が際立った。
簡単に国境を越える理由
ワンピースの海賊旗があっという間に国境を越えた背景には、Z世代のデジタルな生い立ちがある。彼らは完全にネット環境の中で育った初めての世代であり、ミーム(ネット上のネタ)やアニメ、世界的なエンタメ作品に常に触れてきた。
彼らの政治表現は、組織や団体に頼らず、ネット上のつながりを通じて共有される。
彼らは、連帯のために政党やイデオロギーを必ずしも必要としない。文化的な共通認識だけで十分なのだ。ミーム、ジェスチャー、旗----こうした記号は、言語、宗教、地理を越えて一瞬で理解される。
この連帯を拡げ、加速させているのがSNSだ。インドネシアの若者たちが旗を掲げる映像は、TikTokやインスタグラムで拡散され、元の文脈を超えて世界中に届いた。2025年9月、カトマンズにこの旗が登場した時点で、それはすでに「若者の抵抗」の象徴として機能していた。
だが、これは単なる模倣ではない。ネパールでは、若年層の失業問題や、SNSで見せびらかされる政治家一族の富への怒りが旗に投影された。
インドネシアでは、腐敗の蔓延する状況の中で演じられる空虚な愛国的儀式への幻滅を映していた。
いずれの国でも、ワンピースの海賊旗はオープンソースのコードのように、各地の事情に応じてカスタマイズされ、かつ他の場所でも意味が通じる共通言語となった。
この旗が効果的な理由のひとつは、その曖昧さにある。出自がポップカルチャーにあるため、政府が弾圧すればかえって権威主義的に見えてしまう。
インドネシアでは当局が旗を押収し、「反逆的」とまで非難した。だが、こうした強硬策はむしろ市民の怒りを増幅させただけだった。
力を持ち始めたファンダム
ワンピースの旗だけが、抵抗の象徴として再定義されているわけではない。
世界各地の抗議運動では、ポップカルチャーやデジタルカルチャーが強力な武器となっている。チリやベイルートのデモ参加者は、バットマンの宿敵「ジョーカー」のマスクを被って腐敗と不平等への怒りを視覚的に表現した。
タイでは、子ども向けアニメ『とっとこハム太郎』の歌をパロディ化し、ぬいぐるみを振って政治家を茶化した。
政治とエンタメがこうして混ざり合う現象は、ファンダム(熱狂的なファンによる文化的共同体)から発する記号がネットを含む複合的なメディア環境の中で力を持つようになったことを意味する。それらは視認性が高く、柔軟で、国家による抑圧に対抗しやすい。
ただし、文化的共鳴だけでは説明しきれない。ワンピースの旗が広まったのは、現実の不満と強く結びついていたからだ。
ネパールでは、若年層の失業率が20%を超え、多くの若者が国外に働きに出ている。そこで抗議者は「Z世代は黙らない」「未来は売り物じゃない」といったスローガンと旗を組み合わせた。
インドネシアでは、「国旗は神聖すぎて、この腐敗したシステムのもとで掲げることはできない」と主張する若者もいた。その代わりに、海賊の旗が幻滅を表す手段となった。
この旗の拡がりは、抗議の手法がどのように国境を越えて伝播するかという点でも変化を示している。
かつては座り込みやデモ行進、ハンガーストライキなどが主だったが、今では象徴や視覚的記号の方がより速く共有される。こうしたシンボルは、現地の事情に合わせて使い方を変えられる一方で、他国でもすぐに意味が通じる強みがある。
不可分の文化と政治
アジアの街頭からフランスやスロバキアの抗議運動へと、ワンピースの旗が旅をする過程は、反抗の文法がグローバル化していることを示している。
今の若い活動家にとって、文化と政治は分かちがたいものだ。デジタルネイティブなZ世代は、ミームや記号、文化的参照を通じて不満を表現し、それらを容易に国境の先へと届けている。
ジャカルタやカトマンズ、マニラで掲げられる「ワンピース」の旗は、単なる遊びではない。それは文化的アイコンを、生きた反抗の象徴へと変える行為だ。
Nuurrianti Jalli, Assistant Professor of Professional Practice, School of Media and Strategic Communications, Oklahoma State University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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