金正恩独裁体制の崩壊「5つのシナリオ」を検証する

ON THE BRINK

2024年3月1日(金)11時09分
エリー・クック(本誌安全保障・防衛担当)

北朝鮮は、体制の存続を脅かす可能性のある新しいテクノロジーの影響もはねのけてきた。インターネットの浸透と情報の流入もその都度阻止してきたと、スナイダーは言う。

「政権中枢にとって直接の懸念材料となる国内の要因は、宮廷クーデターの可能性だけだ」と、スナイダーは指摘する。「脅威は街頭ではなく、もっと金の身近な場所にある」

ただし、なんらかの軍事クーデターが起きる「可能性はあるが、それは特異な状況に限られる」と、アムは言う。実際、これまで金は、自分を脅かそうとする動きを察知して対処する能力を実証してきた。

13年12月には、政権ナンバー2とも呼ばれていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)を処刑している。スナイダーによれば、張は体制の安定を脅かす「可能性が最も高い」と見なされてきた人物である。

張の処刑は、「指導部が極めて強靭で、エリート層をも非常に強力な統制下に置いていることを浮き彫りにした」と、スナイダーは言う。

■シナリオ③:同盟国の離反

北朝鮮は、結局のところ主要な同盟国に体制の存続を依存している。ロシアと中国の支援があるからこそ、北朝鮮は「どうにか生き延びる」ことができていると、ヨは言う。

「外部の支援がなければ、北朝鮮は人民の食糧を確保したり、インフラ建設などの基礎的な経済上のニーズを満たしたりすることができない」と、韓国の釜山国立大学で教鞭を執るロバート・E・ケリー教授(国際関係学)は記している。

ただし、北朝鮮にとって、現在のロシアとの関係と中国との関係は大きく性格が異なる。

状況を一変させたのは、ロシアのウクライナ侵攻だ。

ウクライナ戦争をきっかけに、ロシアが北朝鮮同様に国際的な制裁の対象になって孤立し、北朝鮮がロシアにとって「貴重」な存在になったと、スナイダーは言う。

「北朝鮮とロシアの関係の変容は、この6カ月ほどの間に起きた最も大きな変化と言えるだろう」と、ヨも指摘する。

いま金は人生で初めて「真の同盟国」を手にしたと感じていると述べるのは、イギリスの駐ウクライナ大使や駐韓大使を歴任したサイモン・スミスだ。

「その結果、金が体制存続のために選べる行動の選択肢が広がっている」。その選択肢の中には、西側諸国に対して一層好戦的な態度で臨むことも含まれる。

ウクライナ戦争による国際情勢の変化は、北朝鮮が中国に全面的に依存する状態から抜け出すことを可能にした。

北朝鮮は長年、その状態を居心地悪く感じていた。

「いま(北朝鮮は)それ以前よりはるかに強い立場にある」と、スナイダーは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏「黒人の歴史は米国の歴史」、アフリカ系有

ワールド

米大学のガザ反戦デモ、バイデン氏再選妨げずと側近 

ビジネス

米MS、「コールオブデューティ」をサブスク提供へ=

ビジネス

豪BHP、英アングロ買収案の引き上げ必要=JPモル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中