最新記事
ウクライナ情勢

「多くは爆発が死因...」ウクライナ戦争で黒海のイルカが絶滅の危機...動物への影響があまり語られない、3つの理由

Dolphins in Black Sea

2023年4月21日(金)12時00分
アリストス・ジョージャウ

注目されるのは、黒海沿岸という広大な地域のデータを集めるために、伝統的な調査手法と、ソーシャルメディアを活用した市民科学をミックスした手法が取られたことだ。市民科学とは、ボランティアが集めたデータを研究者が分析して結論を導き出すものだ。

痛みに苦しんで死んだ?

「海岸にイルカが打ち上げられているのを見たら、たいていの人は衝撃を受けて、ソーシャルメディアで情報や写真を共有する可能性が高い」と、ベングジンは語る。しかもその投稿には、場所や時間などの基本情報がタグ付けされていることが多い。

「これなら(通常の市民科学で必要な)ボランティアの基礎訓練をする必要がないし、戦争中に複雑なプロジェクトを立ち上げる必要もない」

研究チームは昨年5~7月の3カ月間に、ウクライナをはじめとする黒海沿岸諸国からソーシャルメディアに投稿されたイルカの漂着情報を集めた。同時にトゥズリ潟湖公園で、科学的手法にのっとったフィールド調査も行われた。

その結果、昨年の3カ月間にソーシャルメディアに投稿されたイルカの漂着情報は約2500件あった。海岸に打ち上げられないイルカもいることを考えると、実際には3カ月間で3万7500~4万8000頭のイルカが死んだと推定される。

「戦争前の生息数は約25万3000頭だから、3カ月で約15%が失われた計算になる」と、ベングジンは語る。

具体的には、何がイルカたちの死因になっているのか。

「海岸に打ち上げられたイルカの死骸には、戦争に関連した新しい傷があった。多くは爆発が直接的な死因だ」と、ベングジンは言う。

戦争の開始以来、黒海には無数の機雷が敷設されてきたほか、スネーク島の攻防戦やロシアによるオデーサ攻撃など、常に爆発が起きている。爆音に驚いて急浮上しようとして、減圧症で死に至ったと思われるイルカもいるという。

軍事用ソナーが、イルカのコミュニケーション能力やエコーロケーション(反響定位)能力にダメージを与える問題もある。「ソナー信号は、最大で約17キロ離れているイルカの行動も狂わせる。戦争中はそれが延々と続くから、黒海のイルカには逃げ場がない」と、ベングジンは語る。

「海岸で死んでいたイルカのかなりの数が、打ち上げられたときは生きていたが、重傷を負っていたため死に至ったことを示していた」とベングジンは言う。イルカには知覚があるから、「長時間にわたり苦痛を味わい死んでいったことは間違いないだろう」。

こうした犠牲を管理するためにも、「戦争が人間以外の動物に与える影響を科学的に測定・記録することが極めて重要だ」とベングジンは語る。

ニューズウィーク日本版 トランプ関税15%の衝撃
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月5日号(7月29日発売)は「トランプ関税15%の衝撃」特集。例外的に低い税率は同盟国・日本への配慮か、ディールの罠

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中