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人種差別に移民の葛藤... 英エンタメ界はなぜ「気まずい」テーマでヒットドラマを連発するのか

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2022年4月22日(金)14時30分
ラッシャー貴子(ロンドン在住ライター、翻訳者)
『スモール・アックス』

『スモール・アックス』は、英国で苦悩し、運命を変えるべく奮闘したカリブ系黒人住民たちの5つの物語から成るアンソロジー © McQueen Limited

<人種、宗教、世代、そして障害──あまりに身近なテーマを取り上げる英国ドラマが評価される裏には、背景の異なる他者を理解したいという関心の高まりがある>

英国ドラマといえば、シャーロック・ホームズなどの推理ものや貴族が出てくる歴史ものが人気だ。一方で単なるエンタメではなく、社会問題を深く掘り下げるドラマのヒットも目立つようになった。

英国エンタメ界が現実に近いテーマの作品を生み出し、成功している1つの要因として、多くの移民を抱える英国社会の複雑なあり方が挙げられる。筆者はロンドンで暮らして17年目になるが、移住してきた第一世代の親と英国育ちの新世代の間で価値観のずれが生じるという話はよく聞く。例えば、夫の仕事でロンドンに移住してきたインド出身の友人は、高齢になって子供との同居を切り出したいが、西洋で育った彼らは別居が当然と考えている。彼女自身もこの国の習慣を理解できるだけに文句も言えず悩んでいる。

多様化が進む社会で自分と異なる背景を知ることは、近くて遠い隣人を理解する助けとなる。最近注目された4つのドラマを紹介しながら、社会派作品が評価される理由を考えてみたい。

"BLM"に至るまで──『スモール・アックス』が描く差別との長い闘い

2020年に発表されて話題になったのが、黒人差別をテーマにした『スモール・アックス』だ。監督はイギリス出身で、米国アカデミー賞も受賞したスティーブ・マックイーン。監督自身がルーツに向き合い、1960年代から80年代にかけてロンドンで激しい差別を受けていたカリブ系黒人たちの喜怒哀楽を、実話に基づく5つのストーリーで紡ぎ出している。黒人のクリエーターの視点から人種差別を描いた作品が日本で紹介されることは珍しいのではないだろうか。

抗議デモや警察との衝突が描かれる第1話『マングローブ』は、まさに70年代の英国版BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動とも言えるパワフルなストーリーだ。そうかと思えば、第2話『ラヴァーズ・ロック』では一転してセリフが抑えられ、うっとりするような映像と音楽が感覚に訴えかけてくる。アメリカのオバマ元大統領はこの作品を「2020年のベスト映画」に選んだ。

第3話『レッド、ホワイト&ブルー』で主人公リロイを演じるジョン・ボイエガは、2020年にロンドンでのBLMの抗議デモで涙ながらにスピーチをしたことで知られている。差別体質の警察組織を内側から変革しようと奮闘するリロイの物語が真に迫って感じられる理由がここにある。

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第3話『レッド、ホワイト&ブルー』で迫真の演技を見せるジョン・ボイエガ © McQueen Limited

この作品に登場する黒人の多くは、第二次世界大戦後に西インド諸島から戦後復興の労働力として英国に渡ってきた。激しい差別を受けた彼らだが、長きにわたる闘いの成果もあり、状況は徐々に改善している。差別がなくなったとは言えないが、今日では若い世代を中心に、他者を理解し、受け入れようとする姿勢が強まっているのは間違いない。

マイノリティが自ら声を上げることで制度を動かしてきた事例として、同じく差別を受けていた同性愛の例が挙げられる。長い間犯罪とみなされた後、イングランドで1967年に合法となり、2014年には同性婚も認められた。今では、男性2人や女性2人が描かれた結婚祝いのカードもよく目にする。

「声を上げるなら今」という機運はより高まっている。夜に1人で歩いていた若い女性が現職の警察官に拉致・殺害された事件をきっかけに、女性に対する暴行の長い歴史にはもう我慢できない、と多くの女性が抗議集会に集まり、大きな運動へと発展した。これらが『スモール・アックス』を評価する今の英国の姿だ。

【予告編】傑作映画アンソロジー『スモール・アックス』

ステレオタイプに挑戦する『絶叫パンクス レディパーツ!』

その宗教文化的な戒律や風習から、とかくムスリム(イスラム教徒)の女性は男性に守られていて大人しいという印象を抱かれがちなのは世界共通の現象かもしれない。『絶叫パンクス レディパーツ!』は、そんなステレオタイプが彼女たちの全てでないことを教えてくれる。パンクロックバンドを組む若いムスリム女性という極端な設定を入り口に、保守的な価値観と自分らしく生きることの葛藤に切り込んで行く。

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