最新記事

ヨーロッパ

多数の難民を受け入れたスウェーデンが思い知った「寛容さの限界」

The Limits of Benevolence

2021年11月24日(水)12時17分
ジェームズ・トラウブ(ジャーナリスト)
スウェーデンの移民受け入れ施設

スウェーデンは移民に寛容で定住や就労支援に力を入れてきたが(首都ストックホルム郊外のフレンにある受け入れ施設) AP/AFLO

<人道的見地から難民・移民を受け入れてきたスウェーデン社会が、財政負担と治安の悪化で右傾化へ舵を切る>

スウェーデンの与党・社会民主労働党は先日、マグダレナ・アンデション財務相を新党首に選出した。長く首相を務めてきたステファン・ロベーンは近く退任する意向で、アンデションはスウェーデン初の女性首相となる見通しだ。

その彼女が新党首として初めて行った演説は新自由主義に対する福祉国家スウェーデンの勝利を祝う言葉で始まった。

──と、ここまではお約束どおりだが、筋金入りの党員を驚かせたのは次の言葉だ。アンデションは国内の200万人強の難民・移民に直接呼び掛けた。「あなた方が若いなら、高校卒業資格を得て就職するか、進学しなさい」

さらに、国から経済的支援を受けている人は「スウェーデン語を学んで週何時間かでも働いて」と訴え、こう続けた。「この国では男女共に働いて社会に貢献している」

2015年、国民はシリア、イラク、アフガニスタンなどの難民16万3000人を受け入れるという自国の決定を大いに誇りに思った。「私の知るヨーロッパは難民を受け入れる」と、当時ロベーンは語った。「私のヨーロッパは国境に壁を建てない」

今のスウェーデンには、こんな演説をする政治家はまずいない。当時は保守政党・スウェーデン民主党の極右分子だけが唱えていた排外主義的な主張を、今では与党も唱えている。

「地球上で最も寛容な国家の死」

筆者は5年前、「地球上で最も寛容な国家の死」というタイトルの長い記事を書いた。難民の大量受け入れはやがて排外主義を招くという悲観論を述べた記事だが、この扇情的なタイトルは私に無断で編集側が付けたものだ。

タイトルに反して、スウェーデンは死ななかった。難民受け入れの姿勢も失われていないだろうと考え、私は新たに前の主張を訂正する記事を書こうと、当時取材した人たちに再び話を聞いた。

結果、訂正の必要はないことが分かった。

かつてのスウェーデンは戦火や専制支配から逃れてきた人々を大量に受け入れた。ドイツのように過去の罪を償うためではない。人類共通の道義的責務を果たすためだ。

改めて指摘するまでもなく、15年当時の現実のヨーロッパは国境に見えない壁を建てた。そして、ドイツやスウェーデンに、当時私が「共有されない理想主義」と呼んだもののツケを押し付けた。

筋金入りの社会民主主義者たちは、読み書きが満足にできないアフガニスタンの子供たちや宗教に凝り固まったシリア人を受け入れる自国の懐の深さを誇りに思うばかりか、過大評価していた。「強い国は(国外の問題にも)対処する」と、当時スウェーデン左翼党の党首は胸を張っていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-米ホワイトハウス、TikTok

ワールド

ロシア・ウクライナ大統領、会談の準備中=トランプ氏

ビジネス

カナダ7月消費者物価、1.7%上昇 利下げの見方強

ワールド

韓国は「二重人格」と北朝鮮の金与正氏、米韓軍事演習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 7
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中