最新記事

文化遺産

盗み出された文化財を取り戻す闘い...「やったふり」で終わらせるな

DECOLONIZING MUSEUMS

2021年11月18日(木)17時06分
アフメド・トゥエイジ(中東問題アナリスト)
古代メソポタミアの粘土板

イラクに返還された古代メソポタミアの粘土板はイラク戦争の混乱に乗じて盗まれアメリカに密輸されていた KEVIN LAMARQUEーREUTERS

<古代バビロニアのイシュタル門が、なぜかドイツにありイラクにはレプリカしかない。そんな現実をいつまで許すのか>

米政府はこの夏、イラクの文化・観光遺跡省と米国務省の画期的な合意に基づき、略奪されたイラクの文化財1万7000点超を返還すると発表した。

欧米各地の博物館は植民地主義と搾取と腐敗の時代に盗まれた文化財を今も多数所蔵している。この合意は博物館の「脱植民地主義」の重要な先例となるだろう。

ただし、今回返還されるのは主に首都ワシントンの聖書博物館とコーネル大学所蔵の遺物だけだ。イギリス、ドイツ、オスマン帝国など植民地時代の列強による国家ぐるみの略奪で持ち出されたほかの文化財は欧米各地に散らばっている。今回の返還は歓迎すべき一歩だが、脱植民地主義はまだ始まったばかりだ。

ユネスコ(国連教育科学文化機関)を旗振り役に、国際社会は盗まれた遺物を返すよう世界中の博物館を強くプッシュする必要がある。今回の合意は返還運動を広く一般の人々に知らせるきっかけになる。文化財の入手過程を再調査し、過去の過ちを正すために、この合意をモデルケースとして活用すべきだ。

イラクの文化財の価値は改めて指摘するまでもない。イラクは歴史家が「文明の揺り籠」と呼ぶ地域に位置する。

紀元前3500年頃にさかのぼる楔形(せっけい)文字の発明から紀元前1750年頃に成立した「ハンムラビ法典」まで、この地域に栄えた文明は世界の科学、歴史、文化に大きく貢献してきた。こうした高度な文明が生んだ遺物の多くは今、世界各地から略奪された財宝と共に欧米の博物館に眠っている。

略奪と競売が黙認された

決して全てではないが、多くのイラク文化財はサダム・フセイン元大統領の独裁体制が崩壊し、権力の空白が生じた2003年以降に盗み出された。長年に及ぶ経済制裁で貧窮に追い込まれた人々は便器から電線まであらゆるものを略奪した。現地の博物館はいわば「宝の山」で略奪者たちは次々に財宝を盗み出した。

首都バグダッドで警備に当たる米英軍の兵士の任務は石油省を守ることで、国立博物館の略奪は野放し状態だった。略奪された遺物はすぐさま国外に流出し、クリスティーズなど世界的に有名なオークションハウスに持ち込まれた。

収集家や博物館関係者もイラク戦争後に略奪が横行していることは知っているはず。それでも略奪品は競売に掛けられ高値で取引された(米政府がイラクに返還した世界最古の文学『ギルガメッシュの叙事詩』を記した古代メソポタミアの粘土板も、クリスティーズは密輸品と知りながら競売に掛け、美術工芸品チェーンのホビー・ロビーに売ったことを示す証拠がある)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

新技術は労働者の痛み伴う、AIは異なる可能性=米S

ワールド

トランプ氏不倫口止め裁判で最終弁論、陪審29日にも

ワールド

多数犠牲のラファ攻撃、イスラエルへの軍事支援に影響

ビジネス

温暖化は米経済に長期打撃、資本ストックや消費押し下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 8

    なぜ「クアッド」はグダグダになってしまったのか?

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中