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「非常に申し訳ない」韓国公務員の射殺を謝った金正恩の真意

2020年10月5日(月)12時05分
カン・ブー

金正恩の謝罪にはあくまで目的がある KCNA-REUTERS

<6月には連絡事務所を爆破し、南北間の通信線を遮断したばかり。しかも北朝鮮が遺憾の意を示した例はほとんどない。なぜ謝罪したのか。真意を理解するためのキーワードは「可逆的」だ>

北朝鮮が韓国海洋水産省に所属する公務員を黄海で射殺した事件は、南北間の緊張を一気に高めるかと思われた。6月に北朝鮮の開城(ケソン)にある南北共同連絡事務所を北が爆破して以降、南北間の関係は危うい局面に差し掛かっていた。

ところが、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長は直ちに韓国側に謝罪するという異例の行動に出た。通知文の中で金は事件を「非常に申し訳なく思う」と述べ、南北間の信頼関係が損なわれないように再発防止の取り組みを軍に指示するとした。

この謝罪は驚きと共に受け止められた。北朝鮮が同様の事件で遺憾の意を示した例はほとんどない。

さらに注目されるのは、その前後関係だ。6月に北朝鮮が連絡事務所を爆破し、南北間の通信線を遮断して以来、南北関係は悪化していた。金が本当に韓国との信頼関係を維持したいなら、2019年2月の米朝首脳会談の決裂後に連絡事務所を爆破するはずがない。

謝罪の真意を理解するには、北の交渉術に着目し、過去の挑発行為と今回の射殺事件の違いを見極める必要がある。

北朝鮮は意図的に緊張を高めながら譲歩をちらつかせ、交渉を有利に運ぶという強圧的手法を得意としてきた。目下の狙いはシンプルだ。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が南北対話路線を維持したいなら、アメリカの言いなりになるなというものだ。

北朝鮮としては韓国に国連の制裁決議に従うことをやめさせ、18年の板門店宣言で文が約束した南北間の経済協力を実現させたい。

だが、この強圧的な戦術はリスクが大きい。過度に攻撃的になれば、韓国の保守派が勢いづいて文の対北融和政策が損なわれる恐れがある。かといって過度にソフトな路線を取れば、韓国の譲歩を引き出せないかもしれない。

そこで北朝鮮が優先させてきたのは、強力だが「可逆的」なメッセージを韓国に送る手法だ。駆け引きによって後から取り繕えるような動きなら、韓国政府に譲歩を促し、対話の余地も残せる。

北朝鮮のこの戦術がよく表れているのが、連絡事務所の爆破事件だ。

北朝鮮の高官らが南北間の通信線を遮断すると威嚇し、金の妹である金与正(キム・ヨジョン)が事務所の爆破を予告。爆破で韓国側に、経済協力を一向に進めないことへの北のいら立ちを十分に示した。

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