戦後75周年企画:連合軍捕虜の引き揚げの記録を初公開 ~あの日、何があったのか【Part 3】

2020年8月15日(土)12時00分
小暮聡子(本誌記者)

「降伏の時」の手書き原稿132枚、「中山喜代平」は稲木誠のペンネーム COURTESY KOGURE FAMILY

<終戦の日、日本国内には130カ所の連合軍捕虜収容所があり、岩手県釜石市に746人の捕虜がいた。彼らが引き揚げるまでの1カ月間についてつづられたノンフィクション「降伏の時」(筆者:中山喜代平〔本名:稲木誠〕)を4回に分けて公開する。今回はその3回目、舞台は1945年9月3日から9月13日の釜石捕虜収容所だ。>

※ここまでの話(戦後75周年企画:連合軍捕虜の引き揚げの記録を初公開 ~あの日、何があったのか 【Part 1】Part 2】)はこちら

 9月3日の朝、私は寝床の中で彼らの点呼を聞いていた。

 軍隊では起床ラッパで飛び起きた。収容所では軒端につるした鉄棒をカンカンと打つ音で起床した。だが今朝は点呼に出る必要はない。山の空気が流れる戸外で彼らがやっている点呼は、号令も報告も活気に満ちていた。

 私はゆっくり起きて、入念に冷水摩擦をした。この地方は9月に入ると早くも秋の気配だ。釜石鉄山から下りて来る冷気は季節の変化を知らせていた。
 
 釜石から警察署長と憲兵分隊長が来て、事務室でダックウェイラー米少佐、グレイディ米大尉に会い、今後の警護の打ち合わせをした。憲兵4、5人が門番として控え、必要に応じ警官の出入りも認めることになった。

 ダックウェイラー米少佐は警察署長と憲兵分隊長にラッキーストライク、チェスターフィールドなど煙草をプレゼントした。その後、私は通訳兵を留守番に残して、鉱業所へと世話になる礼を述べに山道を上って行った。トラックが忙しく往来する道だが、鉱山が休業しているため人影もなく、緑に覆われた山や谷には野鳥がのどかにさえずっていた。

 上手から1人の兵士が下りて来た。彼らは今日から自由に行動しているのだった。

 双方が近付き、私が敬礼しようとすると、向こうが先に手を挙げて敬礼した。見覚えのある背の高い若い兵士だった。私は急いで敬礼したが、気恥ずかしい思いだった。向こうが勝利者でこちらが敗者なのだから、これからは、潔くこちらから敬礼しようと自分に言って聞かせた。

 その夜から私は事務室の机の上に眠ることになった。宿直室の寝所を4人の兵士に占領されてしまったのだった。われわれに使わせろと言われれば拒むことはできない。寝具を事務室に運び大机をベッドにして寝ることにした。

 窓から星空が良く見えた。空襲警報のたびに戸外に出て眺めた星を、今は机の上に寝て、窓越しに眺めている。淋しさが胸に湧いた。

 4日朝、事務室でラジオのニュースを聞いていた私は思わず立ち上がった。聞き違いではなかった。ラジオは6日に俘虜の引き揚げ船が釜石港に入ると放送している。

 いよいよ引き揚げだ。それも釜石港からだ。彼らは列車で送られて来たから帰るのも列車と考えていたが、船で引き揚げるというのだ。

 早速、引き揚げ船が入港する知らせをどうやってキャッチするか、収容所から釜石の埠頭までどのようにして元俘虜を輸送するかなど計画を作り、職員各人の分担を決めた。午後6時から先方の将校に事務室に集まってもらい、細部にわたり打ち合わせをした。

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