最新記事

香港の挽歌

香港の挽歌 もう誰も共産党を止められないのか

‘NOBODY CAN SAY NO TO BEIJING’

2020年7月7日(火)11時20分
デービッド・ブレナン(本誌記者)

magSR200707_HK2.jpg

1989年6月に北京でにらみ合うデモ隊と兵士たち。この数日後、軍の武力行使により大勢の市民が死傷した PETER CHARLESWORTH-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

しかし中国はアメリカの圧力に屈することなく、香港に対するコントロールを着々と強めている。中国の法律と政治に詳しいペンシルベニア大学法科大学院のジャック・ドリール教授に言わせると、今回の国家安全法は1997年以降の香港で幾度となく目にしてきたなかでも「最も露骨」な攻撃だ。

「これまでも香港の自治と独自性は崩壊に向かう傾向にあったが、今回の一件は質的に最悪の展開だ」と、ドリールは指摘する。それが習の自信の表れか、香港の騒乱で中国共産党が脅かされるという恐怖心の反映かはともかく、この法律が「『一国二制度』にとっても、香港の民主的でリベラルな価値観にとっても悪い知らせ」なのは間違いない。

中国を国際社会に引き入れるために尽力してきた外交官や実業界の有力者たちにとっても悪い知らせだ。国家安全法の適用は「中国だって変わらざるを得ないはずだという神話を最終的に突き崩した」と言うのは、アメリカを拠点とするNGO、香港民主委員会の朱牧民(サミュエル・チュー)。「見せ掛けの時代はもう終わりだ」

中国共産党が国家安全法の導入に動いたことを受けて、香港では新たな抗議デモが巻き起こった。しかし感染症の恐怖にもめげず街頭に繰り出したデモ隊は、またも警察による一斉逮捕や暴力に見舞われた。香港政府と中国政府はデモ隊の要求をほぼ全て拒否し、彼らを不当な怒りを爆発させる「テロリスト」であると断じて、厳しい対応を正当化しようとしている。

警察の手荒な対応を受けて、デモ参加者の一部は暴力的な手段に訴えた。向こうが国家安全法を持ち出すなら、こちらは暴力に訴えてでも抵抗するしかないと考えるからだ。「香港市民は限界に追い込まれており、どんな事態だって起こり得る」と、楊は指摘する。羅も、厳しい弾圧によってデモ参加者の数は減るかもしれないが、それでも戦いをやめない参加者が過激化する可能性は高いと予想する。

「水になれ」を合言葉に

羅自身も、抗議活動を理由に中国の刑務所に収監された経験がある。活動家の中には、弾圧を逃れるためにアメリカやヨーロッパ、台湾に逃れた人もいる。天安門事件の後のように、中国政府への反対運動が生き残りを懸けて国外に拠点を移す可能性も高まっている。

だが、国外での抗議活動が本国に及ぼせる影響力は限られている。共産党は厳しい検閲によって、市民が見聞きできる情報を統制している。外国に逃れた香港市民による活動は国外ではニュースになっても、中国人がそれを知る機会は限られる。

「私のような民主派の活動家は、国家安全法が導入されれば最初にその標的にされる」と、羅は言う。しかし「それでも私は絶対に、香港にとどまる」。

【参考記事】英首相ジョンソン、香港市民の英市民権取得を確約 中英共同声明違反を非難

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中