最新記事

北朝鮮

「韓国のビラ見た国民を処刑」金与正の「対敵活動」が始動か

2020年6月11日(木)12時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金与正は「対南事業を徹底的に対敵活動に転換すべき」と指示した Jorge Silva-REUTERS

<北朝鮮が本気で対敵活動に乗り出したら、誰にいつ、どのような災いが降りかかるかわからない>

咸鏡北道(ハムギョンブクト)在住の情報筋が韓国デイリーNKに伝えた話しによれば、「今月初め、清津(チョンジン)市をはじめとする道内の社会安全部(警察)幹部らを対象に、南朝鮮(韓国)からの敵宣物の危険性に関する講演が行われた。講演では敵宣物によって思想が変質し、南朝鮮への憧れを露骨に表現し、国家を非難したある男性を処刑したとの言及があった」という。

ここで言う「敵宣物」とは、韓国の脱北者団体が北へ向けて飛ばしている金正恩体制非難のビラや、同様のコンテンツが記録されたメモリカードの類のことと思われる。

女性を全身ギプスで

北朝鮮はこのところ、ビラを飛ばしてきた脱北者団体や、それを許してきた韓国政府を猛烈に非難。9日には対抗措置として、朝鮮労働党本部庁舎と青瓦台(韓国大統領府)のホットラインをはじめ、韓国との通信線を全面遮断した。

そうした対南攻勢の口火を切ったのは、金正恩朝鮮労働党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長が4日に発表した非難談話だった。

<参考記事:「急に変なこと言わないで!」金正恩氏、妹の猛反発にタジタジ

この談話を受け、同党機関紙の労働新聞は7日、「わが最高尊厳(金正恩氏)を攻撃した挑発者たちを無慈悲に処刑する」とした金明吉(キム・ミョンギル)中央検察所長の発言を掲載。また朝鮮中央通信は9日、金与正氏が「対南事業を徹底的に対敵活動に転換すべき」と指示したことを明らかにした。

冒頭で述べた処刑の犠牲者は、脱北者ではなく北朝鮮国内に在住する男性である。しかし近年、北朝鮮の秘密警察は脱北者に対して様々な工作を仕掛けており、韓国でタレント活動をしていた女性を全身ギプスで拘束し、拉致したとの情報まである。

<参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的

北朝鮮が本気で対敵活動に乗り出したら、誰にいつ、どのような災いが降りかかるかわからないのだ。そのことは、マレーシアで暗殺された金正恩氏の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏の事例を見ても明らかだろう。

懸念されるのは、韓国の文在寅政権と与党がこうした北朝鮮側の動きに反発するよりも、脱北者団体の動きを規制するような動きを見せていることだ。このまま行くと、北朝鮮の人権侵害を非難してきた脱北者たちは韓国社会で孤立を深めかねず、そうなれば、金正恩体制からの「処刑」の脅しが恐怖の度を増すことになる。それはいずれ、金正恩体制の過ちを非難するすべての人に影響しかねないことを、私たちは知るべきだと思う。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中