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「#パプア人の命は大切だ」 インドネシア、米黒人暴行死デモに触発される先住民差別

2020年6月9日(火)20時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

メディアもパプア問題注視で警戒高まる

米国での黒人死亡に伴う人種差別問題が拡大するに従い、インドネシアのメディアも国内に厳然として存在する人種差別問題としてパプア問題を取り上げる報道が増えている。

「黒人の死がインドネシアの人種問題に問いかけるもの」(ジャカルタ・ポスト6月4日)、「中国系インドネシア人も"パプア人の命は大切だ"運動への支持を」(同6月7日)、「アムネスティが国連に対しパプアが抱える5つの主要問題を報告」(テンポ6月5日)などの主要メディアに加えて、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムなどのSNSでもパプア問題に対するインドネシア人の関心の高さが反映されている。

とはいえパプア問題の根底には国軍や警察といった治安機関による人権を無視した拘束、暴行、射殺といった強硬策があり、その構図は警察官の過剰制圧が黒人を死に至らしめた米国のケースと似ている。

インドネシア人、そしてパプア人の間では今回の米国の黒人のケースが2016年にジャワ島のジョグジャカルタにある大学生寮で起きた事件を連想させることもあり、一層黒人差別問題とパプア人差別問題が関連性をもってとらえられている。ジョグジャカルタの学生寮でパプア人のオビー・コガヤ氏は警察官に逮捕される前、足で頭部を踏みつけられて苦しんでいたのだった。

治安当局は今回の米の人種差別問題がインドネシア国内に飛び火してパプア問題が再燃することを懸念しているのは間違いなく、パプア問題を扱う活動家などに最近頻りに正体不明の脅迫電話がかかってきているとの報道もある。

脅迫電話への治安当局の関与は不明だが、過去の事例からこうした動きの背後には情報当局関係者か治安当局の意向を受けた何者かが関与しているケースが多いとされ、パプア問題というパンドラの箱が開きかねない現状に神経をとがらせている勢力の存在がうかがわれる事態となっている。

「#パプア人の命は大切だ」への書き込みにも当局の監視の目が光っているのは間違いない。それが今のインドネシアの現実である。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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