最新記事

インタビュー

年収2000万円超から除染作業員へ、この下級国民の話は「すべて真実」

2020年5月14日(木)11時30分
朴順梨(ライター)

それは長編2作目の『らんちう』の読まれ方について、思うことがあったからだと語った。『らんちう』はある傲岸不遜で豚のような男が殺され、その死に関わった関係者の独白形式で物語が進んでいく。金と権力にまみれた男の傲慢さに耐えきれなかった「善人」の凶行のはずが、意外な方向に転がっていく小説だ。


『らんちう』では、相対的貧困や格差社会を書きたかったんです。なのに読んだ人のレビューを見たら「ミステリーとしてはイマイチ」と書いている人がいて。ミステリーのつもりはなかったのに、小説では伝わらないのかなと思ってしまった。だから小説で伝わらないのであれば、エッセイで書こうかと思ったんです。

ただ残念なのは、この本を書いていたのは2019年の年末なので、まだ新型コロナウイルスも「桜を見る会」も話題になっていなかったこと。こんなひどい状況になるとは思っていませんでした。でもこの本を書くのはすごく楽でした。だってキャラを作らなくていいんですから。

貧乏と貧困は違う、昔の日本は貧困ではなかった

このインタビューは2020年3月下旬に行われた。当時はまだ街に人出があったが、緊急事態宣言が出されて以降の東京の繁華街は、格段に人が減った。日本でも感染者は増え続け、既に1万5000人以上。死者は650人を超えている(5月12日現在)。未知のウイルスを前に、誰もが自分事として怯えているのが分かる。

しかしほんの9年前に起きた東日本大震災では、1万8000人以上の人たちが亡くなったり今も行方が分かっていない。なのに被災地以外の人たちの多くが、直後から他人事のように日夜消費に励んでいた。そして被災地の苦しみを稼ぐチャンスと目論む、有象無象も現れた。その有象無象に赤松さんが徹底的に搾取されるさまが、同書では描かれている。


書いてあることは全部ほんまに起きたことで、性格までそのままだから、読む人が読んだら全部分かっちゃうと思います。だから以前だったら関係者にバレたらと怖くてムリだったけれど、もう被災地から離れて4年以上経つので腹をくくってます。それに今なら出版社が守ってくれるだろうし。でもまだ、ちょっと怖い(笑)。

除染作業員を搾取する側の横暴はもちろんだが、働く側も悪意や無力感に満ちていて、隙あれば他人を蹴落とそうとする者ばかり。そんな中で群れずに1人で本を読んでいる赤松さんを、同僚は小バカにしたり仲間外れにしたりする。しかしそれは除染作業員に限った話ではなく、他の非正規労働の現場でも当たり前だったそうだ。


私はマイノリティを描きたいからずっと貧困をテーマにしてきたのですが、今や貧困層こそがメジャーになってしまいました。よく言ってることなんですけど、貧乏と貧困は違うんです。確かに昭和30年代の日本は貧乏でした。でも貧乏だったけれど、貧困ではなかった。

私の父親は大学教授でしたが、近所にダンプの運転手さんとか大工さんとか床屋さんとかいろいろな職業の人がいて、皆が普通に付き合ってました。職業の階級意識はなく、普通にご近所として付き合っていた。結局、お金は人を分断させるんですよ。バブルの頃はそれまでのその人の生活ではあり得ないような、考えられないような大金が手に入りました。マネーゲームって価値観ができたのも、バブルの時ですよね。

私はその頃、消費者金融会社のサラリーマンでしたけど、周りに株をやってる人間がたくさんいました。同僚の中にはローンでマンションを買ったのに、銀行から「ローン中のマンションを担保にもう一軒買いませんか」とか言われて、家賃収入を当て込んで5軒もマンションを買ったのがいます。バカかと。でもそういう時代があって、それで人々がおかしくなっていったのではないかと思います。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中