最新記事

インタビュー

いい人役を脱ぎ捨てたスティーブン・ユァンが開く新境地

Escaping Being “Other”

2019年1月8日(火)18時15分
インクー・カン

貧しいジョンス(左、ユ・アイン)に敬語で話すベンだが、放火が道楽だという (c) 2018 PINEHOUSEFILM CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED

<人気ドラマ『ウォーキング・デッド』の善良で頼りになるグレン役から一転、謎めいた放火魔を演じた韓国系アメリカ人俳優の新たな魅力>

『バーニング』は韓国映画界が今年、アカデミー賞外国語映画賞の出品作に選んだアートシアター系スリラー(日本公開19年2月1日)。村上春樹の短編小説『納屋を焼く』を韓国の映画監督、李滄東(イ・チャンドン)が大幅に脚色してメガホンを取った。この作品を見て、スティーブン・ユァンの演技力に驚いた人は居心地の悪い事実に思い当たるだろう。

ユァンはFOXの人気ドラマ『ウォーキング・デッド』の善良なグレン役で知られる韓国系アメリカ人俳優だ。『バーニング』で演じるのは、殺人を犯したかもしれない放火魔のベン。遊んで暮らせる特権階級の男だ。

両親が30年近く前に去った韓国に戻らなければ、ユァンにはこんな役柄は回ってこなかっただろう。物語の舞台であるソウルでの撮影は、彼にとっては「よそ者扱い」されずに済む初めての現場だった。主役の3人はそろって印象的な演技を見せるが、なかでもユァンは鳥肌が立つほどいい。これだけの演技ができても、ハリウッドは彼をスター扱いしなかった――居心地の悪い事実とはそのことだ。

今のユァンは自己発見の旅を終えたところかもしれない。ミシガン州での子供時代、「もっと白人らしくなりたい」と思っていた彼が、今はありのままの自分を受け入れている。尊敬する李の下で仕事をした経験が自信につながったようだ。ロサンゼルスのカフェで、スレート誌のインクー・カンが話を聞いた。

***

――この映画に出たのは?

李監督と組めるからだ。彼に頼まれたらどんな役でもやる。彼は並外れた才能の持ち主だ。

脚本を読んでみて「この男になりきり、この男の気持ちを感じてみたい」と思った。後で気付いたのだが、今までそんなふうに感じた役柄はなかった。

もともとはほかの俳優がやる予定だったが、僕に話が回ってきた。(李監督は)「韓国系アメリカ人にこの役を演じさせたら、彼の中のアメリカ人らしさが不協和音を立てて、(韓国社会では)『よそ者』に見えるだろう」と考えたのだ。ベンはとても韓国人的だが、それでいてちっとも韓国人らしくない。

――ベンは貧しい青年ジョンスに敬語で話し掛け、慇懃無礼な印象を与える。そこはあなたの演技の素晴らしさだが、(敬語がない文化圏の)観客にはニュアンスが伝わりにくいのでは?

言葉は表層で、その下に潜む人間の感情は共通だと思う。

――その感情とは、ジョンスの幼なじみのヘミをめぐる三角関係のこと?

というより孤独感。相手に思いが伝わらない寂しさ。誰もが抱えている寂しさだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏の昨年資産報告書、暗号資産などで6億ドル

ワールド

イラン、イスラエルとの停戦交渉拒否 仲介国に表明=

ワールド

G7、中東情勢が最重要議題に 緊張緩和求める共同声

ワールド

トランプ氏、イスラエルのハメネイ師殺害計画を却下=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中