中国の「監視社会化」を考える(2)──テクノロジーが変える中国社会

2018年12月21日(金)18時00分
梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授=中国経済論)

AIと顔認識技術を使ったセンスタイム社の監視システム(10月に北京で開催された見本市セキュリティ・チャイナ2018で) Thomas Peter- REUTERS

<一言で監視社会といっても、抑圧的なものから「安全・快適」に人々が飼いならされたものまでいろいろある。中国の監視社会はどうなのか。一つ言えるのは、都市の中国人が「お行儀よく」なってきたことだ>

第2回: テクノロジーが変える中国社会

          ◇◇◇

第1回: 市民社会とテクノロジー
第3回: 「道具的合理性」に基づく統治をどう制御するか
第4回: アルゴリズム的公共性と市民的公共性

1.アーキテクチャによる行動の制限

前回の連載で述べてきたようなこと、すなわち、公権力と民間との関係性の中に立ち現れてくる、アジア的社会における市民的公共性の困難性といった課題は、現代の監視社会の進行という現実の中でどのような意味を持つことになるのでしょうか。

「監視社会」の到来

現代の洗練されたテクノロジーを通じた「管理社会」「監視社会」の到来をどのように捉えるかについては、これまで日本でも活発な議論が行われてきました。情報社会論を専門とする神戸大学の田畑暁生さんによれば、朝日新聞のデータベースに「監視社会」という言葉が初めて出現するのは1987年のことだそうですが、頻繁に使われるようになったのは通信傍受法(盗聴法)や住民基本台帳ネットワークが問題となった90年代後半のことです(田畑、2017)。特に「個人情報保護法」が成立した2003年前後には、インターネットのインフラが整備されることによって個人情報が電子化され、政府によって一元的に管理される状況を、市民相互の相互不信を招くものとして警戒する議論が盛んにおこなわれました。このような状況の中で、2002年から2003年にかけて「中央公論」誌上で連載され話題を呼んだのが批評家の東浩紀さんによる「情報自由論」です。

東さんは、かなり早い段階から、ミシェル・フーコーによる「管理社会」批判の成果などを踏まえる形で、ハーバーマスらが擁護しようとした「市民的公共性」という概念が、高度消費社会の中でその現実的基盤を失いつつあることを見据え、独自の現代社会論を展開してきました。「情報自由論」では、資本や国家がひたすら快適な生活空間を提供するという「環境管理型権力」によって飼いならされた結果、ハーバーマスらが想定していた自立した意思決定を行い、公共性を担うはずの市民たちはもはやどこにも実在しないのではないか、という問題提起を行っています(東、2007)。東さんの問題提起が「監視社会」を考える上で重要なのは、本来「市民的公共性」の脅威となるはずの「監視社会」が、「より安全で快適な社会に住みたい」という市民自らの欲望によって生まれてきたことをきちんとごまかさずに述べたからだと思います。ただ、「情報自由論」の中ではその市民自身による監視社会化、という深刻な事態に対して根本的な解決策は提示されず、「ネットワークに接続されない権利」「匿名のまま公共空間にアクセスする権利」などいくつかのアイディアが示されたにとどまりました。

その後日本では、2013年の特定秘密保護法、および2017年のテロ等準備罪(「共謀罪」)法案の成立に伴い、記事データベースにおける「監視社会」の登場回数も急増しました。特に2017年の第193回国会で成立した「テロ等準備罪法案」に対しては、政治的な活動に参加している人々を未だ起こしていない犯罪を理由に取り締まることが可能になるため、戦前の治安維持法をイメージさせるとして強い批判の声が上がりました。

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