最新記事

スポーツ

どん底ウッズが放ったリカバリーショット

Prodigy’s Comeback

2018年10月6日(土)13時30分
芹澤渉(共同通信ロサンゼルス支局記者)

復活したウッズの18番ホールを見守る大観衆 Chris Condon-PGA Tour/GETTY IMAGES

<42歳のタイガー・ウッズが5年ぶりに優勝――苦難を経た男の「ゴルフ第2章」が始まった>

プロゴルファーに向けられる声援は、矛盾に満ちている。8月、ミズーリ州セントルイスで男子ゴルフの全米プロ選手権を取材しながら、そんなことを思った。

私が主に見て回った松山英樹が、この大会で最も大きな歓声を受けたのは3日目の1番ホールだった。2打目はグリーンを大きく越え、大木の前に。これを上から越す曲芸のようなリカバリーショットを目の当たりにして、ファンは酔いしれた。池田勇太もカート道付近に落ちたミスショットから難を逃れたときに、大声援を受けた。

ゴルファーにとって本来、ピンチは避けるべき事態。ミスである。しかし観客は危うき道にこそ引かれる。無難なパーでなく、窮地を乗り越えて(あるいは大きな偉業を達成して)彼らはようやく大きな称賛を浴びる。

タイガー・ウッズはピンチに立っていた。

09年に複数の女性との不倫が発覚して以降、公私で歯車は狂い続けた。翌10年には離婚が成立し、アメリカツアーで15年ぶりに未勝利に終わった。その後一旦は復活したものの、今度は相次ぐ腰の手術などで肝心の体が思うように動かない。「痛みなく座ったり、立ったり、歩いたり、横になることができるのかも分からなかった」と、不安にさいなまれた。

16年から2シーズンをほぼ丸ごと棒に振り、17年には抗不安薬や大麻の成分を含む薬を服用し、無謀な運転をしたとして有罪判決を受けた。無精ひげで、うつろな目をした逮捕時の写真は転落を物語るに十分だった。

今季前にウッズの復活を予想できた人は誰もいなかっただろう。本人ですら「またプレーできるのか分からなかった」のだから。

しかしウッズははい上がった。1月に競技に復帰すると、7月の全英オープンで6位につけ、全米プロ選手権は2位。そして9月23日までアトランタで行われた今季最終戦、ツアー選手権で5年ぶりに優勝を遂げた。サム・スニードのアメリカツアー史上最多勝利まであと2に迫る通算80勝目だ。

最終日の最終ホールでは「涙を我慢するのに必死だった」と感慨に浸りながら、まるで大蛇のようにうねりながら自分の後を付いてくるギャラリーの祝福を受けた。復活が認められ、9月28日に始まったアメリカとヨーロッパの対抗戦、ライダーカップの母国代表にも名を連ねた。活躍した大会のテレビ視聴率は跳ね上がり「第2次タイガー・ブーム」とでも呼ぶべき状況がやって来た。やはり窮地が深刻であればあるほど、抜け出したときの称賛の声は大きくなる。

危険な橋を渡り続ける男

競技人生最大のピンチを脱し、ウッズはどこに向かうのか。この先は安定が待っているのだろうか。おそらく、答えはノーだ。危険な橋を渡り続けるのが全盛期から引き継がれた彼のプレーの真骨頂であり、だからこそスーパースターなのだと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、12月は45.8に上昇 予想

ワールド

ウクライナ提案のクリスマス停戦、和平合意成立次第=

ビジネス

EUの炭素国境調整措置、自動車部品や冷蔵庫などに拡

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中