最新記事

ドキュメンタリー

セレブが愛するNYの隠れ家ホテル「ザ・カーライル」

Soul of a City (and Discretion)

2018年7月26日(木)18時30分
メアリー・ケイ・シリング(本誌記者)

このホテルは予約を入れると、イニシャルの刺繍入りの枕カバーを用意してくれる。この枕カバーは次回の宿泊に備えて洗ってしまってある。ホテル側には1度利用した客は必ずリピートするという確信があるらしい。

実際、常連客は多い。ジャック・ニコルソンは70年代からここをニューヨークでの定宿にし、泊まるたびに主任電話オペレーターにランの花を1輪贈る。彼もスタッフに好かれているが、最高にスタッフ受けのいい客はジョージ・クルーニーだ。

NYhotel20180723091103.jpg

最高にスタッフ受けがいい客はジョージ・クルーニー Justin Bare

主観的視点と過激な文体で鳴らした今は亡きジャーナリストのハンター・トンプソンも少なくとも1度はこのホテルに泊まり、シリアルとスコッチ1瓶、それにボウル1杯分のコカインの朝食を取った(3つ目がルームサービスのメニューにあるかどうかは不明だ)。

近所に住んでいたジャクリーン・ケネディ・オナシスは週2回、このホテルのレストランを訪れ、コブサラダにジントニック、そしてたばこ1本という定番ランチを楽しんだ。息子のジョン・F・ケネディJr.も常連で、99年に小型飛行機でマーサズ・ビンヤード島に向かう途中に事故死する前、最後の食事をこのホテルで取った。

失われゆく時代を象徴

1920年代末に不動産開発業者モーゼス・ギンズバーグがこのホテルを建設し、尊敬するイギリスの思想家トーマス・カーライルにちなんだ名を付けた。だがオープンしたのは株価大暴落がウォール街を襲った直後の30年で、経営は苦しかった。

48年に別のデベロッパーが買い取り、ファッショナブルに改装。米大統領ではハリー・トルーマンが初めて泊まり、ジョン・F・ケネディの時代には「ニューヨークのホワイトハウス」と呼ばれた。マリリン・モンローもマジソンスクエア・ガーデンでのケネディの誕生日祝賀式典で「ハッピー・バースデー」を歌った後、このホテルでケネディと密会したと噂されるが、当時のベルボーイは今も守秘義務を守り続けている。

少しだけ古ぼけた居心地のよい内装も、このホテルの魅力だ。「完璧さは重要じゃない」と、ミーレー監督は言う。「よく見ると額縁が微妙に傾いていたり、織物がほころびていたりするが、そのおかげでくつろげる」

それはスタッフにも言えることだ。トレンディーなホテルの一部の隙もないスタッフとは対照的に、一風変わった顔触れが客を迎える。「吃音がある男を主任コンシェルジェに雇うホテルがほかにあるだろうか」と、ミーレーは言う。その主任コンシェルジェ、ドワイト・オウズリーは「何とも言えずチャーミングな大男」で、ホテルの経営陣は「客に忘れ難い印象を残す」ところを高く評価したのだろうと、ミーレーはみる。

カメラは勤続36年のオウズリーの最後の勤務日を追う。消えゆく時代の最後の光芒に、観客は胸を揺さぶられる。「のどかな時代は過ぎ去った」と、オウズリーはつぶやく。「一昔前までは志や尊厳が大事にされたものだが、今や尊厳のかけらもない。言葉にはできない大切な何かが失われてしまった」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

[2018年7月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国とロシア、核兵器は人間だけで管理すると宣言すべ

ビジネス

住友商、マダガスカルのニッケル事業で減損約890億

ビジネス

住友商、発行済み株式の1.6%・500億円上限に自

ビジネス

英スタンチャート、第1四半期は5.5%増益 金利上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中