最新記事

シリア情勢

シリアで今度はトルコ軍が化学兵器攻撃か?

2018年2月20日(火)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

シリア軍による化学兵器使用疑惑再燃

シリアでは、国連安保理決議第2209号(2015年3月採択)に基づき、化学兵器および塩素ガスの使用が禁止されているが、2月に入って、紛争当事者たちによる使用疑惑が相次いで噴出している。

最初に疑惑の目が向けられたのは、シリア政府だ。ダマスカス郊外県東グータ地方やイドリブ県でアル=カーイダ系組織のシャーム解放委員会をはじめとする反体制武装集団への攻勢を強めていたシリア軍は、米国からサリン・ガスの使用の可能性をにわかに疑われるようになった。そうした最中の2月4日、シリア軍は、イドリブ県サラーキブ市で塩素ガスを装填した爆弾を敢えて使用し、住民11人が負傷したのだという。

米国は根拠を示さないまま、この攻撃でシリア軍が塩素ガスを用いたと断じた。対するシリア政府は「米国はシリア軍の戦果を快く思っていない。だから、シリア軍が化学兵器を使用しているという嘘の情報を流している」と一蹴した。

クルド人勢力による使用疑惑

続いて、YPGが塩素ガスを使用したと疑われた。アレッポ県アフリーン市一帯へのトルコ軍の「オリーブの枝」作戦に参加する「自由シリア軍」が2月6日に緊急声明を出し、「PYDのテロ民兵(YPGのこと)」がアフリーン郡ブルブル区シャイフ・ハッルーズ村にある自由シリア軍の拠点を、塩素ガスを装填した迫撃砲で攻撃し、20人が負傷したと発表した。トルコ政府もこれに同調、「テロリスト」とみなすロジャヴァに非難を浴びせた。だが、YPGは、「トルコ軍が塩素ガスを装填した砲弾をクルド人に対して撃ったが、自由シリア軍が被弾した」と反論した。

aoyama4.jpg

syria.liveuamap.comより転載

化学兵器が発揮する効果とは?

そして16日のトルコ軍による塩素ガス使用疑惑である。

トルコ政府は正式なコメントを控えているが、同国匿名外交筋が17日、ロイター通信に対して「疑惑には根拠がない。トルコは化学兵器を決して使用したことはない。我々は「オリーブの枝」作戦で民間人を保護している...。疑惑は「オリーブの枝」作戦に対する暗黒の宣伝だ」と強く否定した。

真偽は定かではない。だが、シリアで化学兵器や有毒ガスが使用される度に再認識されるのは、使う側にとっての軍事的、政治的な「効果の低さ」と、使われる側(犠牲者となる民間人ではなく、彼らを代弁すると主張する紛争当事者)にとっての「旨み」だ。

軍事的効果の低さは、上記の三つの攻撃で、死者が1人も出ていないことからも明らかだ。敵側の兵士や民間人により大きな打撃を与えるのであれば、通常兵器による爆撃や砲撃の方が効果的だ。そのことは悪名高いシリア軍の「樽爆弾」がもたらす被害だけを見ても明らかだ。

しかも、化学兵器は、敵に恐怖を喚起し、屈服を促す以上に、その使用に対する国際社会、とりわけ欧米諸国の非難、さらには軍事的制裁を招く(可能性が高い)。政治的な費用対効果が著しく低い化学兵器の使用に関して、常に自作自演説が流れるのはそのためだ。

実行犯を特定する決定的な証拠も、第三者には決して開示されない。断定的な言説は、憶測、あるいは特定の当事者への共感や憎しみに基づいていることがほとんどだ。

化学兵器とは、こうした憶測、共感、憎しみに起因する思考停止をもたらし、暴力の連鎖を助長する点で最も大きな効果を発揮する兵器だと言えるのかもしれない。

追記(2018年2月19日)

米ホワイト・ハウスの国家安全保障会議(NSC)のマイケル・アントン報道官は18日、「ホワイト・ハウスはこれらの報告(トルコ軍による有毒ガス攻撃についての報告)について承知しているが、確認はできない。ただ、我々は、トルコ軍が化学兵器を使用したということは決してないだろうと思っている」と述べた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中