最新記事
韓国経済

韓国、生活の質の向上させるための最低賃金の引き上げが失業を招く

2018年1月16日(火)19時00分
佐々木和義

文在寅政権は、最低賃金を段階的に引き上げる方針を示している Kim Hong-Ji-REUTERS

<1月から韓国の雇用労働者の最低賃金が引き上げられた。生活の質を向上させるための最低賃金の引き上げが、物価上昇や働き口そのものを失わせる結果になりかねない懸念が広がっている>

2018年1月から韓国の雇用労働者の最低賃金が1時間6470ウォンから7530ウォンに16.4%引き上げられた。

2017年5月に発足した文在寅(ムン・ジェイン)政権は、低所得層の生活の質の向上を掲げ、正規雇用の拡大とあわせて最低賃金を2020年までに1時間1万ウォン(約1040円)まで段階的に引き上げる方針を示している。月給に換算すると157万3770ウォン(約164,150円)で約463万人が賃金の引き上げ対象になるとみられている。

公務員は最低賃金の対象外だが、9級公務員は俸給と職級補助費を併せて152万880ウォン水準で最低賃金を下回ることから引き上げの声が出る可能性が大きく、最低賃金引き上げの恩恵を受ける労働者はさらなる増加が見込まれる。

新たな雇用に負担を感じた企業は、無人システムを導入

生活の質の向上を目指す一方で、新たな問題が提起されている。雇用機会の減少と物価上昇だ。

2017年12月の政府が運営するサイトの求人数は前年同月を17%下回った。従業員の新たな雇用に負担を感じた企業が採用をためらった結果で、無人システムを導入する店やアルバイトを採用せず経営者が1人で働くフランチャイズ店が増えている。

ファストフードのロッテリアは、無人注文機の導入を推進する。設置費用は1台1000万ウォンほどで、長期的には従業員を雇用するよりコストが低い。ソウル市龍山の店舗は無人機での注文が一日平均50%に達しており、従業員を採用する代わりに無人機を増やす計画という。

コンビニ業界も無人化に積極的で、「イーマート24」は無人店を2店舗開業し、さまざまな生活用品を自動販売機で販売する無人店舗のマースセブンがチェーン展開をはじめた。

小売店や外食店だけではない。ソウル市江南のアパートは警備員を直接雇用から委託採用へ切り替え、大学でも清掃労働者など職員の削減が議題に上がっている。

韓国のオフィスビルや分譲マンションに相当するアパートの多くは、警備員が交代で24時間常駐しており、警備業務のほかに、周辺整理やゴミの分別、不在時の宅配便等の保管などを担っている。この警備員を直接雇用から外部委託管理にすることで、賃金上昇と退職給付引当金の追加負担がなくなり、入居者が負担する管理費の増加を避けることができるという。

ソウル市内のある大学で清掃や警備を請け負っている用役業者は清掃員を減らすとしており、他の大学でも定年退職で生じた職員の欠員を補充せず、時間制労働者や無人自動警護システムに置き換えるという。

韓国は大企業と中小企業、正規職と非正規職の賃金格差が大きい。なかでも法定最低賃金で就労する非正規職は、収入安定と生活の質の向上が望ましい反面、急激な増額はオートメーション化による雇用機会の喪失に繋がりかねない懸念があった。今回の大幅引き上げで懸念が現実のものとなりつつある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、習主席に哀悼の意 香港大規模火災巡

ワールド

米銃撃事件の容疑者、アフガンでCIAに協力か 移民

ワールド

ゼレンスキー氏、平和と引き換えに領土放棄せず─側近

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 9
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 10
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中