最新記事

インドネシア

インドネシア最強の捜査機関KPK 汚職捜査官が襲撃される

2017年4月17日(月)15時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

今回のノフェル氏に対する衝撃テロ事件に関してもインドネシア各地で「KPKを支持する」「ノフェル氏を守れ」との市民のデモが起きていることもそうした国民の支持と期待を裏付けているといえる。

「電子住民登録証」巡る巨額汚職疑惑

現在インドネシア国民の関心事の一つにKPKが手掛けている「電子住民登録証(e-KTP)汚職事件」がある。

これはインドネシア国民全員が登録を義務付けられている住民登録証の電子化を目指した政府事業で2011年から13年にかけて国家予算5兆9000億ルピアが計上されたものの、うち2兆3000億ルピアが損失となった事案で、インドネシア汚職史上最大級の事件といわれている。事業を受注した企業体の幹部が国会議員や内務省幹部に賄賂を贈り、多額の予算が関係の懐に入ったとの疑惑でKPKが本格的捜査に乗り出していた。これまでに内務省幹部やスティヤノ・ノファント国会議長(ゴルカル党党首)などが捜査対象となり、起訴されている。 

襲撃されたノフェル氏はまさにこのe-KTP事件の担当捜査官だったのだ。ノフェル氏はこれまでにもバイク通勤中に車で後ろから追突されたり、地方視察中のバスが崖から転落したり、脅迫文書や電話、メールを受け取るなど「身の危険」に迫られていたいという。

政党からの中立を保つ

3月17日、東京でKPKの元副委員長バンバン・ウィジャヤント氏による「インドネシアにおける汚職対策の現状と今後」と題する講演会があった。KPKに在職中は自身も脅迫や嫌がらせなど「危険な目にあったことはある」とするバンバン氏はKPKがインドネシア社会で果たす重要な役割について「汚職を完全に排除することはできないが、少なくすることはできる。そしてそれこそが一般の人々のためであり、インドネシアという国のためであると信じている」と語った。

さらに、KPKが完全に中立を保つために政党との関係は一切持たないことを信条としており、それゆえに国民の圧倒的な支持を背景に捜査することが可能になる、とKPKが中立性を保つことの重要性を強調した。

KPKにはノフェル氏のような警察出身の捜査官も存在する。当初は警察から送り込まれた「お目付け役」との見方もあったが、今回の襲撃テロ事件はそうした観測を一掃、出身母体に関わらず全ての捜査官が「汚職撲滅」という極めて困難な目標に「警察や国会議員、政府高官、政党関係者」などなどの妨害、嫌がらせ、威圧をはねつけながら果敢に挑戦している姿をインドネシア国民の目に改めて焼き付ける結果となった。

襲撃事件を捜査しているジャカルタ特別州警察は4月11日、事件の約2週間前にノフェル氏の自宅付近で不審な人物が目撃されており、その人物の写真も記録されていることを明らかにした。一刻も早く犯人の検挙と事件の解決、そして巨額汚職事件の全容解明をインドネシア国民は望んでいる。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ロシア・ウクライナ復活祭停戦、発効数時間で双方が違

ワールド

米イラン協議決裂、核・ホルムズ海峡で溝埋まらず 停

ワールド

中国、台湾向け観光規制緩和など新措置 野党党首訪中

ビジネス

円高につながる金融政策、「一つの選択肢」=赤沢経産
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけない副作用に研究者が警鐘
  • 2
    新しいアメリカンドリームは「国外移住」...5人に1人が海外を希望する時代
  • 3
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦によって中国が「最大の勝者」となる理由
  • 4
    中国が恐れる「経済ドミノ」
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 9
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 10
    革命国家イラン、世襲への転落が招く「静かな崩壊」
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 3
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 8
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 9
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 10
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中