最新記事

北朝鮮

金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か

2017年2月21日(火)12時11分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

地元メディアが報じた金正男のマカオの自宅 Paul Yeung-REUTERS

<暗殺事件の犯人たちはなぜ、金正男氏のスケジュールを知ることができたのか。周辺に北朝鮮政権の協力者がいたのではないか>

北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏殺害を巡り、事件発生時の状況が少しずつ明らかになってきた。

監視カメラが捉えていた犯行時の様子はショッキングだったが、それにも増して気になることが出てきた。これが事前に計画された犯行だったとすれば、犯人たちはなぜ、正男氏のスケジュールを知ることができたのか、ということだ。

すでに報じられている通り、6日にLCCエアアジア便でマカオから入国した正男氏は、13日に同じくエアアジア便でマカオに戻る予定だった。そしてその日、クアラルンプール国際空港で襲撃されたのだ。

一方、マレーシア警察が容疑者として公表した4人の北朝鮮国籍の男性らの足取りを見てみよう。

◆マレーシアへの入国日
ホン・ソンハク容疑者(33)1月31日
リ・ジェナム容疑者(57) 2月1日
リ・ジヒョン容疑者(52) 2月4日
オ・ジョンギル容疑者(55)2月7日

◆全員が13日に出国

正男氏がマレーシアを訪問するのに合わせ、続々と現地に集結しているのだ。とくに、正男氏より前に3人が現地入りしているのは、事前に本人のスケジュールを知っていた可能性を示唆している。何より気になるのは、それをどのようにして知り得たのかだ。

帰国を迫った男たち

報道によると、正男氏は2010年から2013年まで現地の北朝鮮大使を務めていた張勇哲(チャン・ヨンチョル)氏を訪ねて、定期的にマレーシアを訪問していた。張氏は金正恩党委員長によって処刑された張成沢(チャン・ソンテク)氏の甥で、金正男氏の縁戚に当たる。張成沢氏の処刑後、張勇哲氏も北朝鮮に召喚され処刑されたのを機に、正男氏はマレーシアを訪れなくなったという。

ただ、デイリーNKジャパンの取材によれば、2014年4月にクアラルンプールを訪れた在日韓国人の男性は現地で正男氏と会っている。諸々の状況から、数日の滞在には見えなかったという。

いずれにせよ、正男氏はマレーシアに何らかのコネクションを持っていたということだ。

北朝鮮は過去、要人暗殺のためきわめて周到に準備を行った経緯があるだけに、正男氏の周辺に協力者――正男氏から見れば「裏切り者」――を仕込んでいた可能性は排除できない。

(参考記事:「喜び組」を暴露され激怒 「身内殺し」に手を染めた北朝鮮の独裁者

また、正男氏は殺される直前、北朝鮮の外交官から接触を受け、帰国を迫られていたとの情報もある。そうしたやり取りの中、マレーシアを訪れるよう仕向けられたのかもしれない。

彼とその家族が滞在していたマカオは中国の領土であり、暗殺を強行するには様々な制約があったはずだからだ。

(参考記事:「ただちに帰国せよ」死の直前、金正男氏に迫った男たち

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

KKR、今年のPE投資家への還元 半分はアジアから

ビジネス

ニデック、信頼回復へ「再生委員会」設置 取引や納品

ビジネス

スイス中銀の政策金利、適切な水準=チュディン理事

ビジネス

アラムコ、第3四半期は2.3%減益 原油下落が響く
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中