最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

勉強したい少年──ギリシャの難民キャンプにて

2016年11月25日(金)16時30分
いとうせいこう

難民キャンプの敷地内に出来ていた臨時の学校(スマホ撮影)

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。そして、アテネ市内で最大規模の難民キャンプがあるピレウス港で取材がつづけられた...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:「彼らがあなたであってもよかった世界──ギリシャの難民キャンプにて

まだまだピレウス港にて

 俺はまだピレウス港にいる。

1125ito2.jpg

ちなみにキャンプのシャワールーム

 本当はレスボス島に移動して、その最もトルコに近い観光の島で何が起きているかを見に行っているべきなのだが、メモ帳に残っているインタビュー相手の言葉がまだ行かないでくれと俺を呼び止めるのだ。

 例えば、プレハブの診療所に来ていた痩せた少年、黒い長袖シャツを着てエリを立て、コットンのパンツにサンダルをはいて鼻の下の産毛を濃くし、洒落た黒縁メガネをかけて憂い顔をしていたアフシン・フセイン君は、アフガニスタンからそこへ流れ着いていた。

 両親と妹と自分で国を出た彼はイラクトルコ、そして最後はボートに3時間揺られてギリシャに来たのだ、という。全部で一ヶ月の不安な放浪だった。

 ちなみに、アフシン君の言葉を訳して俺に伝えているのは例の"文化的仲介者"の男性で、薄くしか冷房の効いていない診療所の中で汗をかきながら熱心に伝達をしてくれていた。

 当人のアフシン君は風邪をひいており、ピレウス港の他の診療所にも通ってみたが治らず、E1ゲートの診療所を訪れたのだそうだった。幸い咳のみで熱はなく、点鼻薬を二種類もらって帰るところだった。しかし、彼自身の身の振り方にはなお先が見えなかった。

 「また新しい難民キャンプに行かなければならないのだろう、と思います」

 17才だという少年は利発そうに答えた。彼らがゴールなくたらい回しになっていることをアフシン君はしごく冷静に語り、むしろそれまでの国境を越える移動が大変だったとこれまた低めの声で教えてくれた。

 「紛争があって母国を出たんですか?」

 そう質問すると、アフシン君は急に言語を変えようとした。


 「I mean......I mean......」

 おそらく仲介者なしで直接俺たちに話をするべきだと思ったのだろう。

 しかしアフシン君の英語は続かなかった。結局彼はアフガニスタンの言葉であとを継いだ。

 「紛争ではなく、政情不安がひどくて国にいることが出来なくなりました」

 英語はしゃべれなかったが、彼が知能指数の高い子供であることは立ち居振る舞いからも伝わってきた。さらに言えば、その服装のセンスから所属する階級が決して低くないことがわかった。けれど彼ら一家は国を出た。ひょっとしたらインテリ一家であるからこそ母国を追われたのかもしれなかった。

 そこで谷口さんが質問をした。俺がもじもじして聞けないでいることを、かわりに口に出してくれたのだった。

 「厳しい質問かもしれませんが、アフシンさん、将来の望みはなんですか?」

 するとアフシン君は谷口さんの方を向いて短く少しずつ答えた。


 「まず勉強がしたいです。そして状況が好転したら早く帰りたい」

 学べないことが彼にはつらいのだった。就きたい職業があるのかもしれない。知的好奇心が若い彼の才能を開かせようとしているのを、自身でも感じているのかもしれない。

 そして何より彼は元の自分に戻りたいのだった。

1125ito3.jpg

尋ね人

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 7
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中