最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

彼らがあなたであってもよかった世界──ギリシャの難民キャンプにて

2016年11月8日(火)16時20分
いとうせいこう

難民キャンプの一角に描かれた「家」

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。そして、アテネ市内で最大規模の難民キャンプがあるピレウス港で取材がつづけられた...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く
前回の記事:難民キャンプで暮らす人々への敬意について

さらにピレウスの難民キャンプにて

 俺が帰国の機内でなお思い出している「俺」は、今もギリシャのピレウス港にいる。

 雲ひとつないような晴れた空の下、アテネの難民キャンプは他にもうひとつオリンピック会場となったエリニコにあって、スタジアムや野球場などが利用されていることを、他でもないこの俺は医療マネージャーのティモス・チャリアマリアスから聞いているのだった。

 実はそれらは正式には難民キャンプでさえなく、難民の方々が緊急にとどまっている場所に過ぎないこと、つまり政府が建設した施設ではないのだということも(ただし他に呼びようもないので以後も「難民キャンプ」と書く)。

 ティモスも横にいるクリスティーナ・パパゲオルジオも日の眩しさに目を細め、不ぞろいのプラスチック椅子に腰をかけている。簡易的なプレハブの医療施設の前で。

 ピレウス港には合計40人のMSFチームがおり、医師は3、4人、看護師7人、文化的仲介者がなんと14人という層の厚さになっているという話も興味深かった。それは文化の違いで齟齬が起きないようにする繊細な対応ぶりを示すと同時に、それだけ多様な地域から難民が逃れ出ていることのあかしでもあった。

 彼らチームはもちろん自分たち内部で患者のカルテを共有すると同時に、別の曜日にこのコンテナ診療所を受け持つ他の医療団体ともデータを共有し、もし難民の一人が他のキャンプへ移動しても、すぐに適応出来るよう努力をしているそうだった。

 短い髪を立てているティモスはいかにも若いスタッフだったが、話を聞いてみるとまずアテネ市内のホームレスへの医療を2年前から始め、南スーダンの内戦で生まれた難民の救護を行い、マラリアで苦しむ同じアフリカの別地域で活動したあと、ギリシャに戻って7ヶ月をピレウス港で過ごしていた。

 もともと国立病院で普通に看護師として勤めていたが、高校時代からすでに「自分を必要としてくれる場所へ行きたい。そこで働くことが自分を満足させてくれるはずだ」と思い、人道団体のボランティアをしていたというから、彼のキャリアは十二分なのだった。

 「クリスティーナさんは?」


「私は医療が専門じゃないから、ただ自分のスキルや知識を活かしてもらいたいだけ」

 クールにそう答えた彼女だが、地元ギリシャからトルコ、エチオピア(ソマリア人難民援助)、インドで多くのミッションを経てきた人物だった。元々は政策系のプラン作りを専門としているが、今は戦争や貧困に苦しむ人々に手を差し伸べるMSFでマネージメントをしているわけなのだった。

 つまり、どんなキャリアであれ、それを他者のために活かすことは出来る。

 その中で俺だけが最も外野からわかったようなことを書いて彼らの活動を報せるだけの、いわば無責任な立場なのだった。

 俺もまた日の眩しさに目を細めた。 

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル急伸し148円台後半、4月以来の

ビジネス

米金利変更急がず、関税の影響は限定的な可能性=ボス

ワールド

中印ブラジル「ロシアと取引継続なら大打撃」、NAT

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中