最新記事

米大統領選

トランプ、言った者勝ちの怖さ

2016年9月2日(金)19時40分
クリストファー・リバカリ、ジェフ・ワン

 作戦は上手くいくことも裏目に出ることもある。クリントンの不誠実さやアメリカの雇用の弱さを批判したときは上手くいった。だがイラク戦争で息子を失ったイスラム教徒の両親を中傷したり、メキシコからの移民は「レイプ犯」だと決めつけたときは、まったくの逆効果だった。これらの暴言は、彼の大統領としての資質に深刻な疑問を抱かせた。トランプ陣営の失態を見たアメリカ人の多くは、国を動かす政治家はもっと慎重に言葉を選ぶべきだと思い知った。

【参考記事】トランプのメキシコ系判事差別で共和党ドン引き
【参考記事】戦没者遺族に「手を出した」トランプは、アメリカ政治の崩壊を招く

 もちろん、そんなことは世界のどこに行っても常識だ。発言がすぐ世界中に知れ渡るアメリカの政治家はとりわけ慎重でなければならない。容易ではない。なぜなら聞き手は、自分が聞きたい言葉だけに耳を傾け、自分の生活や経験に当てはめて解釈する。それも母国語への翻訳を通じて聞くことになるからだ。

 トランプに最も近いタイプの政治家といえば、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ元首相だろう。醜聞にまみれ、無類の女好きとあって海外では笑い者だったが、国内ではカリスマ性があった。トランプがヨーロッパ諸国の中でもイタリア、それもベルルスコーニ支持者に人気なのは、偶然ではないだろう。

誤訳されないトランプ

 イランのマフムード・アハマディネジャド前大統領も、不用意であいまいな発言で墓穴を掘った過去がある。2011年、彼の発言が「イスラエルを地図から消し去るべきだ」と訳され、国際社会から激しい非難を浴びた。実際にはイスラエル政権は崩壊するか消滅するだと言ったのだが、今でも多くの人々が「消し去る」宣言を批判しているのを見れば、言葉が人間の思考に刷り込まれるという考えにはある程度の妥当性があるといえる。

 もっとも、トランプの暴言が誤訳される心配はないようだ。あまりにシンプルで、誤りようがない。例えばトランプ陣営の公式ホームページには、対中政策をまとめた特設ページがある。その重要目標は「中国に知的財産権を守らせる」「中国政府の輸出補助金を廃止させる」「東シナ海と南シナ海で米軍のプレゼンスを拡大し、中国の海洋進出を思い止まらせる」など。敵対心むき出しで、善意に解釈する余地などない。

 翻訳には、訳す側の解釈が必ずついてまわる。外国語の単語は母国語とは異なる領域の意味を持つため、言葉を訳そうにも近い意味の単語を当てはめるのが精一杯。一対一で全く同じ意味の単語をあてがうのは無理だ。話し手が抽象的で微妙な言葉遣いをするほど、翻訳が複雑で手の込んだ作業になる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 5
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中