最新記事

貿易

民主党大会でTPPに暗雲、ヒラリーが迷い込んだ袋小路

2016年7月29日(金)18時00分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

 これが誤算だったのは、マコーリフの発言こそが、まさにクリントンが考えていた逃げ道だったと思われるからだ。マコーリフは、クリントンがTPP賛成に転じる条件として、「多少の修正を加える」ことを挙げていた。

 これまでクリントンは、「今のままではTPPに賛成できない」と繰り返し、明言こそしないものの、何らかの修正を加えたうえで賛成に転じる余地を、慎重に残してきたようにみえた。

 ところが、マコーリフの発言を否定するために、クリントンはそうした逃げ道を自ら塞いでしまった。議会を説得するためにTPPの内容を見直そうにも、もはや多少の小細工では許されない。ハードルは高くなった。

支持者は保護主義を求めていない

 いくら選挙のためとはいえ、ここまでクリントンが袋小路にはまり込む必要はあったのか。

 世論調査は別の絵を描き出す。回答者の過半数は、外国との貿易を機会と考え、前向きにとらえている。その割合は、2010年前後から上昇傾向にある。

 とくに驚かされるのは、民主党支持者の意識である。米国では、「共和党は自由貿易、民主党は保護主義」と考えられてきた。実際に、党大会に集まった熱狂的な民主党の支持者や、労働組合などの利益団体は、これまで以上に保護主義を強く主張している。

 現実はどうか。同じ世論調査を支持政党別にみると、貿易を前向きに考える割合は、共和党支持者よりも、民主党支持者の方が高い。世論調査を見る限り、クリントンには、自由貿易支持に回帰する道が残されているように思われる(図表)。

Yasuichart.jpg

TPP再起動には時間

 クリントンが袋小路から抜け出すには、しばらく時間がかかるかもしれない。

 ここまで反対姿勢を明確にしてしまった以上、クリントンが当選直後にTPPに取り組もうとすれば、せっかく選挙で得た勢いが失われかねない。それでなくてもクリントンには、移民制度改革など、優先したい課題がある。そのため民主党関係者は、改めてクリントンがTPPに向き合うには、就任2年目以降まで待つ必要があるとみる。それどころか、クリントンが当選した場合には、「なぜ通商が米国の有権者のためになるのか、何年もかけて、初歩の初歩から説明をやり直す必要がある」との指摘すらきかれる。

 党大会の最終日に行われた指名受諾演説で、クリントンはTPPに言及しなかった。労働組合などは、TPPに一気にとどめをさそうと、演説のなかでTPPを批判するよう、盛んに働きかけていたという。TPPは、挫折の瀬戸際まで追い込まれながら、なんとか踏みとどまっている状況である。

yasui-profile.jpg安井明彦
1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相、ガザ和平第2段階移行の重要課題を米

ビジネス

10月実質賃金0.7%減、物価高が家計下押し「状況

ワールド

印南部ナイトクラブ火災、当局が原因調査命令 犠牲者

ワールド

ベセント米財務長官、大豆農場の売却明かす 倫理協定
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中