最新記事

有害物質

アスベスト輸出大国カナダの「戦犯」度

自国内で事実上使用を禁じている発癌性物質を途上国に売り続けるダブルスタンダード

2011年6月30日(木)17時30分
サンドロ・コンテンタ

危険は明白 カナダ国内では公共施設のアスベスト除去が進められているのに(アスベスト除去業者の広告) Mark Blinch-Reuters

 カナダのスティーブン・ハーパー首相がケベック州の田舎町を訪問しても、普段なら大した話題にはならないだろう。だが6月24日のセットフォード・マインズ訪問は、国際社会に挑戦状を叩きつける行為として注目を集めた。

 モントリオールの北東200キロに位置するセットフォード・マインズは100年以上前から、アスベスト(石綿)の原産地として知られる鉱山の町。ハーパー率いる保守党政権は先週、発癌性があるアスベストをカナダが今後も自由に輸出するとの決意を改めて表明した。

 ハーパーがセットフォード・マインズを訪問したのと同じ日、国連ではロッテルダム条約が定める有害化学物質リストに白石綿(クリソタイル)を新たに加えるべきかという問題が話し合われたが、カナダは反対票を投じてリスト入りを阻止。ハーパーのセットフォード・マインズ訪問には、アスベストに囲まれた地で一致団結を誓う意味が込められていた。

 アスベストの有害化学物質リスト入りに反対した先進国はカナダだけ。さらに、ウクライナとベトナム、カザフスタン、キルギスタンという強力な援護射撃とは言いがたい国々もカナダに同調した。

毎年少なくとも9万人が死亡

 有害物質リスト入りしても輸出が禁止されるわけではなく、輸出国が相手国に健康被害について告知する義務を負うだけだが、カナダ政府にとってはそれさえも受け入れがたい話。カナダがリスト入りの決議に反対したのはこれで3度目だ。

 世界保健機関(WHO)は「業務上のアスベスト吸引に起因する肺癌と中皮腫、石綿症で毎年少なくとも9万人が死亡している」と警告している。カナダ医師会も政府にアスベストの生産停止を呼びかけている。
 
 カナダは世界5位の白石綿の生産国で、毎年9000万ドル相当を輸出している。輸出先はインドやパキスタン、スリランカなどほぼすべてが途上国。アスベストの生産はケベック州の2社が独占しており、約500人が働いている。
 
 白石綿は不燃性で、セメントに混ぜて建築現場で使われることが多い。カナダ最大の輸出先であるインドでは屋根材として広く使われている(インドは有害化学物質リスト入りに賛成した)。

 批判派に言わせれば、カナダ政府の姿勢はとんでもない偽善だ。政府は学校や国会議事堂を含む公共施設のアスベスト除去に巨額を投じており、オタワの首相官邸でさえアスベスト除去工事が行われている。ハーパー首相が自分や家族にとってアスベストが有害だと思うのなら、なぜ途上国の人々に健康被害について警告することに反対するのだろうか。
 
 多くの先進国はすでに白石綿の使用を止めている。EU(欧州連合)は10年以上前に使用を禁止。カナダでも厳しい規制が課されており、実質的には禁止されているに等しい。

 例えばオンタリオ州では、空気中のアスベスト濃度は10立方センチメートル当たり最大1本(ほこり程度の大きさ)に制限されている。労働者の安全を確保するには厳密なモニタリングと換気装置が不可欠だが、途上国でそうした設備が用意できる可能性は低いという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU・仏・独が米国非難、元欧州委員らへのビザ発給禁

ワールド

ウクライナ和平の米提案をプーチン氏に説明、近く立場

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中