最新記事

北朝鮮

「狂気」と見せかけた金正日の正気

コスタリカより小さいGDPで近隣国を威嚇する金正日総書記の行動は、狂気どころか戦果も上げている

2010年11月26日(金)17時28分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

常に目的を果たす 金正日総書記の行動は明確に1つのパターンに従っている(10月10日) Reuters

 ビル・クリントン元米大統領はかつて、北朝鮮にとって核兵器は唯一の「カネになる作物」だと言った。ひねくれているように見えるが、実に的を射た観察だ。金正日(キム・ジョンイル)総書記とその独裁政権の狂気には、明らかに方法論がある。

 北朝鮮は最近、新たなウラン濃縮施設を公開したのに続いて韓国と砲撃戦を繰り広げた。北朝鮮がばかげたお決まりの軍事衝突を繰り返していると考えるのは簡単だ。敵を倒す可能性がゼロなのに、小さくて貧しい北朝鮮が乏しい資源を巨大な軍隊に費やすのはばかげている――いかなる旧来型の分析法を用いても、この考えを否定するのは難しい。

 しかしそれは、軍事力を従来の抽象的な概念で評価した場合の結論だ。北朝鮮指導部の政治的な必要性を考えれば、説明がつく。韓国と軍事的な対立関係を維持することで、独裁体制はその正当性を保つことができる。体制維持のために強大な兵力を持つのも当然だ。まともな国内経済の実現に完全に失敗したことから、国民の目をそらすこともできる。

 さらに近隣国を威嚇して国際ルールを破るたびに、北朝鮮は他の方法では得られない名声を手にしている。何しろ北朝鮮のGDP(国内総生産)はコスタリカよりも少なく、スーダンの半分しかないのだ。

砲撃は後継者正恩への「プレゼント」

 北朝鮮が威嚇行動に出るたびに、外国から「利益」がもたらされる。諸外国の公式な非難がおさまり、経済制裁に効果がないとわかれば(国民の意思や苦境が政治体制に影響しない国では必然的にそうなるが)、北朝鮮は、交渉のチャンスと人道支援、エネルギー支援、食糧援助をいわば報酬として手にする。何より北朝鮮はこれまで一度も約束を守ったことがないのに、諸外国は重要な問題で北朝鮮との約束を守ろうとする。

 北朝鮮の指導部からすれば「してやったり」だ。金総書記が核開発を「金になる作物」として頼り、「狂気」を主要輸出品とすることに不可解な点はない。

 だからといって北朝鮮に危険がない訳ではない。実際その危険は今でこそ小康状態だが、近い将来悪化することもあり得る。今回の北朝鮮の砲撃は、後継者の三男の金正恩(キム・ジョンウン)に「勝利」を授けるためだったと見る専門家もいる。「驚くほど高度な」ウラン濃縮施設を公開し、北朝鮮の技術革新とアメリカとその同盟国の情報収集の失態を印象付けたことは、既に勝利として位置づけられている。

 今回の砲撃に対する各国の反応や公式発表は、これまでのところかなり抑制された非難声明にとどまっている。金総書記と指導部にとって、今回の事件も「プラス」で終わるのかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中