最新記事

都市,上海,万博

新上海、情熱の源を追う

栄光と挫折、グローバル化と伝統、富と貧困のせめぎ合いが生み出すニューヨークとも東京とも違うスタイルとエネルギー

2010年4月28日(水)12時30分
サイモン・クレイグ

光と影  上海の歴史を見てきた外灘(バンド)地区の夜景(07年8月) Nir Elias-Reuters

上海は生まれ変わった。地元のアーティスト、薜松(シュエ・ソン、39)はそう思っている。

 20年前は「みんな夜9時になると寝てしまい、通りも真っ暗だった」と、薜は言う。しかし、今の上海は眠らない。そのエネルギーを、薜は大きなカンバスにたたきつける。廃屋となった繊維工場の中にしつらえたスタジオに、完成間近の作品が置かれていた。題して『ランニング・ファスト』。上海の大変動をそのまま写し取ったような作品だ。

 軽やかに空を駆ける若きビジネスマン。その足元に広がる上海の街並みは、市内の有名建築物を撮影したカラー写真で構成されている。東方明珠電視塔があり、超高層の金茂大厦があり、昔の面影を残す外灘(バンド)地区があり、黄浦江沿いの金融街がある。

 かつて「東洋の真珠」と呼ばれた美しい街並みだが、もっと作品に顔を近づけて見てみると、そこには別の世界が開けてくる。そのビジネスマンが手にするかばんは人民元紙幣を寄せ集めたもの。背景は「都市の苦悩」をとらえた無数の白黒写真のコラージュだ。仕事を求めて行列する出稼ぎ労働者たち、繁華街で客を誘う売春婦、使用済み注射器の山......。

 陰と陽のエネルギーが渦巻く大都会。それが今の上海だ。栄光と挫折、国際色と伝統、富と貧困が隣り合わせに同居している。こうしたせめぎ合いがもたらす緊張感こそ、上海特有のスタイルをつくり出す原動力でもある。変わりゆく中国の光と影が、ここまで鮮明に見える都市はほかにない。

 薜は欧米の美術書も中国の美術書ももっている。着ているTシャツには、「巳年生まれ」の性格が英語で説明してある。自分もまた「現代性と伝統性」を併せ持つ上海の産物だと、薜は言う。

 上海の世界経済に占める重要度は増すばかり。そしてビジネスでの成功が、「文化再生」の資金を生み出す。こうした流れのなかで二極化する上海は、変貌を遂げつつある中国の将来を予測する重要な「物差し」となっている。

 21世紀のホットな都市として世界の注目を集める上海は、100年前にも中国の「玄関」であり、世界に向けた顔だった。当時と同じく、今もここは自由な空気がみなぎり、異なるアイデアがぶつかり合う場所。芸術や建築から料理にいたるまで、1700万の住民が互いに刺激し合っている。

 だが昔と違って、21世紀の上海をリードしているのは外国人ではない。地元に暮らす中国人のビジネスマンや投資家、官僚、そしてアーティストたちだ。

華やかな発展の裏に忍び寄る不吉な影

 この秋に上海で開かれる主なイベントを見てみよう。9月24〜26日には新設の上海国際サーキットで、中国初のF1レースが行われた。29日には国際的な注目を集める現代アートの祭典『第5回上海ビエンナーレ』がスタート。注目の出展作品はオノ・ヨーコのインスタレーションだ。会場である上海美術館のフロアにモニターを埋め込み、空の風景をライブ映像で流す。中国人写真家4人が共同で制作する『ロード・トゥ・ヘブン』は、中国各地の大都会の巨大写真をモチーフにしている。

 統計の数字を見ても、上海のすごさがわかる。人口は中国全体の1%余りながら、工業生産高は全体の12%を占める。これまでに外国企業3万4000社が500億ドル規模の資金を投下。上海株式市場の取扱高は中国全体の7割に相当する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国務長官がハーバード大の調査勧告、制裁違反の可能

ビジネス

ECBの最新利下げ、インフレの2%達成に寄与=レー

ワールド

トランプ氏、イランとのディール巡り自信低下 ポッド

ビジネス

英中銀の資金供給手段、銀行は積極的に活用を=理事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 5
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 6
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 7
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 8
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 9
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 10
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中