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禁断の植物があぶり出す、見せかけだらけの現代社会

A “Happy Ending” Horror Movie

2020年07月28日(火)16時00分
アンドルー・ウェーレン

リトル・ジョーを育てるうち、アリス(上)の息子ジョ ー(下)の様子がおかしくなっていく ©COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

<持ち主に幸福をもたらすという植物が人間の脳を操作し始める── J・ハウスナー監督の『リトル・ジョー』が描く不気味で深遠な世界>

ジェシカ・ハウスナー監督最新作『リトル・ジョー』の主人公アリス(エミリー・ビーチャム)は、遺伝子の専門家。「リトル・ジョー」とは、アリスが遺伝子組み換えで作り出した植物の名だ。

真っ赤な花が目を引くが、花びらのように見えるのは全ておしべで、子孫を残す能力はない。ピンク色の花粉には、気分を明るくするホルモンの分泌を促す作用がある。

だがアリスは、この花粉が人間の脳内物質に思わぬ影響を与え、かすかな行動の変化を次々と引き起こしているのではと疑念を抱くようになる。これはアリスの妄想なのか、それとも──。


本作はジャック・フィニィのSF小説『盗まれた街』を映画化した1956年の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』や、78年のリメーク『SF/ボディ・スナッチャー』の系譜に連なるSFホラーだ。気味の悪い、あり得ないような状況が生まれ、それが主人 公の妄想なのか事実なのかはっきりしないというのも、ありがちな手法だろう。

本作では栽培を試した人々の証言や、アリスの息子ジョー(キット・コナー)がこの植物に夢中になってしまうところから、花粉が引き起こす妙な反応が浮かび上がってくる。果たしてリトル・ジョーは自分たちに従順な人間をつくり出し、そうした人間を動かすことで身を守るとともに、繁殖を可能にしようとしているのだろうか。

わざとらしい演技を要求

物語が中盤を過ぎ、息子のジョーがリトル・ジョーのとりこになったことを告白する場面で、妄想なのではという当初の疑念は晴れる。だが一方で、観客の心にはさらに暗い疑いが芽生える。

ここは今年公開の映画の中で最も気味が悪い場面の1つだが、ハウスナーに言わせれば作中で最も重要な場面だ。描かれているのは、リトル・ジョーにひそかに人間性を乗っ取られることの恐ろしさだけではない。

「この映画はハッピーエンドの作品だと、ずっと思っていた」と、ハウスナーは言う。

「実際のところはディストピア的だし、前向きではないし、未来への暗い予感もあるけれど、『ボディ・スナッチャー』に比べれば視点は前向きだ。最後には、みんな変わってしまったのかもしれないが、それはそんなに悪いことではないという奇妙なアイロニーもある」

『ボディ・スナッチャー』には、国への従属を強いる共産主義への批判が暗に盛り込まれているといわれている。しかしハウ スナーによれば『リトル・ジョー』は何かを警告するのではなく、現状を追認する作品だ。

花粉による変化は外からは分からないと、ハウスナーは言う。

「見せかけの感情と本物の感情の違いも誰にも分からない。たとえ見せかけの自分が本当の自分になってしまうウイルスがあったとしても、今の私たちを取り巻く状況と大して変わりはないはず」

では、ハウスナーが本作で最も怖いと思うのはどの辺りなのだろう。

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