最新記事

社会学

「SNSが孤独を招く」の嘘

現代アメリカ社会の人間関係の希薄化を訴える論者は多いが根拠はどれも薄弱だ

2012年6月20日(水)16時39分
エリック・クリネンバーグ(ニューヨーク大学教授)

SNSは悪の根源? フェイスブックが現代人の孤独を深めているとの見方に確たる証拠はない Rainier Ehrhardt/Getty Images

 アメリカ人は過去に例のないほど他者とのつながりを失い孤独になっている──そう主張する本が近年、続けて出版されて話題を呼んでいる。アメリカが今よりも幸せだった黄金時代、つまり結婚生活は安定し地域社会のつながりは強固で町が安全だった頃を懐かしむ一方、現代人は孤立を深めていると警鐘を鳴らすといったたぐいの本だ。

アトランティック誌の5月号に掲載された作家のスティーブン・マーシュによる「フェイスブックは私たちを孤独にしているのか?」という論考もその1つ。「私たちは過去に例のない他者との距離感に苦しんでいる」と彼は書く。「つながればつながるほど孤独になるという、深まる一方の矛盾の中で私たちは生きている」

この主張、今よりもシンプルで幸せな時代を希求する人にはもっともらしく聞こえるかもしれない。だがこれは、架空の物語の上に展開された議論だ。実のところ、現代のアメリカ人がかつて例のないほど孤独であることを示す証拠は1つもない。

なのにこの論考は大きな反響を呼んだ。ネットが人々を分断している証拠として彼の論を取り上げるコメンテーターも出てきた。であれば、マーシュがこの論考で「現代アメリカ人は史上最も孤独だ」という神話をどのようにでっち上げたかを明らかにするのは大事なことだ。

代替品というよりおまけ

 マーシュはまず、年老いた元プレイメイトの孤独死を、人間関係が分断された現代の象徴として取り上げる。これ自体は面白い話だし、マーシュの詩的で力強い文章を読んでいるとこの論考の持つ大きな欠点を見過ごしてしまいそうになる。その欠点とは「アメリカ人が今ほど孤独だったことはない」という説を証明する材料が何も提示されていないということだ。

 あるとすれば「45歳よりも上の世代で長期にわたって孤独を抱えている人が急増した」という非営利団体の調査に触れた部分(ただし、フェイスブックを最も活用しているであろう若い世代はそうでもない)。それに「近年、非常に短い期間で孤独の度合いが劇的に進んだことを示す研究がいくつもある」という漠然とした主張くらいのもの。残念ながら、これでは先ほどの説を証明するには不十分だ。

 マーシュの主張はまた、シカゴ大学のジョン・カチョッポ教授(心理学)の著作に多くを依拠している。例えばカチョッポの『孤独』からはこんな引用をしている。「ペットやネット上の友人、果ては神とつながりをつくることは、仲間と群れずにはいられない生き物としての、やむにやまれぬ必要性を満たすための気高い試みだ......(だがそんな)代わりのもので本物の不在を完全に埋め合わせることはできない」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、円安が支え 指数の方向感は乏しい

ビジネス

イオンが決算発表を31日に延期、イオンFSのベトナ

ワールド

タイ経済、下半期に減速へ 米関税で輸出に打撃=中銀

ビジネス

午後3時のドルは147円付近に上昇、2週間ぶり高値
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中