最新記事

米教育

どんなに優秀でも若手教師はクビ!

州の財政悪化で教師の大量リストラが予想されるが、年功序列のせいで無能な年寄り教師は生き残る

2010年8月30日(月)12時03分
パット・ウィンガート、エバン・トーマス(ワシントン支局)

 教育改革派にとって未来は明るく思えた。学校教育の立て直しを図るバラク・オバマ米大統領は州間の教育コンペ「トップへの競争」を発足させ、教員が生徒の学力に対して責任を取る州には助成金を与えると発表。これで質の悪い教師の排除が本格的に進んだ。

 だが明るいはずの地平線に、暗雲が漂い始めている。各州の財政が手の付けられないほど悪化し、特にカリフォルニア、ニューヨーク、ニュージャージーなど運営の下手な州の状況は深刻だ。州議会は昨年、政府の助成金を使って教職員の大規模リストラを回避したが、景気刺激策予算は底を突きかけ、議員もこれ以上の超過支出には乗り気でないようだ。

 となるとリストラは避けられず、その数は全米で10万人を超えるとも予想される。大半の州では教員組合や州法が年功序列によるリストラを定めている。つまりどんなに優秀でも首を切られるのは若手教師だ。「若く優秀な人材が職にあぶれ、無能な教師が教室に残ることになる」と、シカゴ大学都市部教育研究所のティム・ノウルズ所長は嘆く。

 こうしたリストラで過度の打撃を受けるのは、学力の低い学校に通う子供たち。レベルの低い学校ほど新人教師の割合が高く、カリフォルニア州ロサンゼルスの一部の学校では昨年、予算の削減により50〜70%の教員が解雇された。

大胆な対策に出たシカゴ

 そんななかシカゴは思い切った作戦に打って出た。イリノイは全米で最も財政が破綻した州の1つで、赤字削減の手だてを講じる意欲はカリフォルニアに負けないぐらい低い。教師900人の削減を迫られているが、教員組合との契約で、ここでも職を失うのは能力にかかわらず職歴の浅い若手だ。

 そこでリチャード・M・デイリー市長が自らメンバーを選んだシカゴ教育委員会は、新しい州法を「委員会は最も能力に欠ける教師を、まず200人解雇する権利を有する」と解釈した。

 常識的にみえるこの判断も、シカゴ教員組合のカレン・ルイス組合長にとっては論外。ルイスは、年功システムを揺るがす教育委員会に対して提訴も辞さない構えだ。「(反対勢力が)裁判沙汰を宣伝材料にしかねないことは承知している。『駄目な教師を切り捨てて何が悪い?』と」

 公平なリストラはあり得ないと、ルイスは言う。シカゴ都市部の荒廃した学区で教える教員は、約2万3000人。このうち「能力不足」とされる教員は0・1%にも満たず、99%は「極めて優秀」「優秀」と評価されている。「悪い評価は誰もが信じるのに、良い評価が信じてもらえないのはなぜなのか」と、ルイスは問い掛ける。

 組合長の言い分を、改革派は鼻であしらう。「教員の査定が常に十分行われているとは限らないが、校長は校内で最も出来の悪い教師が誰だか知っており、無能な教師を転任させようとあらゆる手を尽くしている」と、教師の質全国評議会のケイト・ウォルシュ理事長は指摘する。

改革を阻む組合の抵抗

「トップへの競争」が鼻先にぶら下げる助成金という名のニンジンは、効果絶大だ。コロラド、テネシー、デラウェア、オクラホマなど多くの州が法律を変え、終身在職権や解雇を決定する際に教師の能力を判断材料にし始めた。だが能力不足をリストラの理由にできる州は少なく、現在それを実践しているのは首都ワシントンだけだ。

 一方、法改正を最も強く推進するアリゾナ州はリストラ、終身在職権、再雇用を決める際に勤続年数を考慮することを違法とした。

 しかし教員組合の抵抗は激しい。ニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長は能力によるリストラを断念し、教職員全員の賃金凍結に方針を転換した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米11月CPI、前年比2.7%上昇 セールで伸び鈍

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.3万件減の22万400
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 7
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 10
    欧米諸国とは全く様相が異なる、日本・韓国の男女別…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中