実力で抜擢した信長、夢で動かした秀吉...戦国リーダーの人材活用術
農民出身の秀吉は「しがらみがない」
しかし、そんな信長の下についている秀吉は、もっと自由だった。
秀吉には守るべき家格もなければ、配慮すべき譜代の家臣団もない。農民出身という出自は、しがらみのなさを意味していた。信長が切り開いた「実力主義」という道を、秀吉は何の遠慮もなく全速力で走ることができたのである。
信長が「旧秩序との共存」という重荷を背負っていた一方で、秀吉は身軽だった。だからこそ、信長のシステムをさらに徹底し、拡大することができたのだ。
秀吉が、そう突っ走れたのは、そもそも人がいなかったこともある。
いくら信長に評価されてスピード出世しているとはいえ、秀吉は「ポッと出」である。織田家の譜代でもなければ、代々仕えてきた家臣団もいない。この先どうなるかわからない成り上がり者。周囲からはそう見られていただろう。
しかし、出世すれば家来を確保しなければならない。足軽時代の子分たちを重臣にするわけにもいかない。中にはデキる者もいるだろうが、検地や外交、城郭設計といった高度な仕事ができるとは限らない。そもそも数が足りない。
"徹底した成果主義"を貫くしかなかった秀吉
では、どうやって人材を集めるのか?
秀吉の置かれた状況は、いわば「資金調達に成功して急成長しているベンチャー企業」のようなものだった。実績もブランドもない。来るのは、「裏付けはないが野心だけはたっぷりのヤツ」か、「他に行き場のないパッとしないやつ」ばかりである。名門の家臣が「秀吉様に仕えたい」などと言ってくるはずがない。
だからこそ、秀吉は徹底的に成果主義を貫くしかなかった。
野心家には「お前の実力を証明する場を用意する」と言い、他に行き場のない者には「ここでなら活躍できる」と希望を見せる。そして実際に仕事を与え、成果を上げさせ、それを派手に評価する。
「秀吉のところに行けば、無名でも出世できる」
この評判を作り出すことが、秀吉にとっては死活問題だったのである。信長は「革新的な評価軸」を持っていたが、それは選択肢の一つだった。しかし秀吉にとっては、それしか選択肢がなかった。人材不足という制約が、逆に秀吉を「究極の実力主義者」にしたのである。
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