最新記事

追悼

大学入試「現代文」の人──山崎正和から託されたもの

2020年12月21日(月)16時50分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

また、山崎のパーソナリティに触れている執筆者も多い。「気さく」「好奇心旺盛」「威張らない」「対等」「礼儀正しい」「非常に謙虚」......。しかし、山崎自身が唱えていた「社交」が適切な距離感をもった付き合いを重んじていたせいか、「厳然とした線が引かれていた」というある種の畏れ多さについて言及する執筆者も少なくない。

しかし、その一方でさほど面識もない若い編集者が病気になったと知っては突然電話をかけ、励ましの手紙を書くというようなウェットな一面も綴られている。山崎正和とはいったいどういう人物だったのか。

ベタベタした人間関係を好まず、人付き合いは都会人そのものであった山崎だが、実際には地域振興にも力を入れ、人をつなぎ次世代を育成する全国各地の取り組みを「サントリー地域文化賞」を通じて称え続けた。そして2014年に表舞台の要職からすべて退いた後の晩年は私財を投じて若手研究者支援を行うなど、次世代に未来を託し続ける「投資家」でもあった。

託された「社交」の精神

本書には晩年の写真も多く収められている。長い闘病と老いによって心なしか小さくなった体で孫ほどの年齢の若い研究者たちに嬉しそうに囲まれる姿は、論壇で颯爽と活躍していた時代を知る者にとっては衝撃かもしれない。

しかし、最後まで健筆であり、『中央公論』7月号の論考「二十一世紀の感染症と文明」では、文明を進歩させるといった現代人の驕りに対しては釘を刺しながらも、この非常時に暴力や暴動を起こさず、また法や罰則によって規制されなくとも自らの行動を律する日本人の「公徳心」を称えた。

故人の思い出話をするために集まることもままならない今年、社交を唱え、人とのつながりを大事にした人物を見送るには、あまりにもタイミングが悪かった。「コロナの中でも、欧米のような分断とポピュリズムに堕すことなく、ぐずぐずと悪くない対応を続ける日本を、もう少し見届け批評していただきたかったと思うのは、私一人であろうか。」(180ページ)と政治学者の五百旗頭真は書いているが、山崎が述べた「公徳心」をもって年末は私たちは静かに自宅で過ごすことになるのだろう。

コロナ問題では、雇用、医療、罹患者への差別など、多くの問題があぶり出された。ともすれば、意見対立が激化し、つながりが途絶え、社会の分断も起こりかねない。そんなときだからこそ「社交」を唱え、成熟した個人のつながりを重んじた「知の巨人」から私たちが託されたことをじっくり思い馳せるための一冊となるはずだ。


別冊アステイオン それぞれの山崎正和
 公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

山崎正和 Masakazu Yamazaki
1934年生まれ。劇作家。京都大学大学院美学美術史学専攻博士課程修了。関西大学教授、大阪大学教授、東亜大学学長などを歴任。1963年『世阿弥』を発表し、岸田国士戯曲賞を受賞。その後も『オイディプス昇天』(戯曲)、『鷗外 闘う家長』『柔らかい個人主義の誕生』『リズムの哲学ノート』(評論)などを発表、受賞多数。文化勲章受章者。2020年8月逝去。

アステイオン
鋭く感じ、柔らかく考える、1986年創刊の論壇誌。公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会が編集。アステイオンとは古代ギリシャ語で「都会的な」「洗練された」という意味を持つ言葉。時代の大きな流れを読み解く議論を掲載する雑誌を年2回発行し、ウェブサイトには不定期にエッセイやレポートを掲載している。
https://www.suntory.co.jp/sfnd/asteion

ニューズウィーク日本版 健康長寿の筋トレ入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月2日号(8月26日発売)は「健康長寿の筋トレ入門」特集。なかやまきんに君直伝レッスン/1日5分のエキセントリック運動

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

大統領令発出までに、あと1回は訪米必要=赤沢再生相

ワールド

韓国前大統領の妻を起訴、収賄などで

ビジネス

ホンダ、本社機能を東京・八重洲の再開発地区に移転へ

ワールド

韓国、AI主導の成長促進へ大幅歳出拡大へ 25年比
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ」とは何か? 対策のカギは「航空機のトイレ」に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    米ロ首脳会談の後、プーチンが「尻尾を振る相手」...…
  • 10
    自らの力で「筋肉の扉」を開くために――「なかやまき…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 8
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 9
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中