最新記事

日本経済

韓国より低い日本の最低賃金 時給1000円払えない企業は潰れるべき

2019年7月11日(木)18時00分
デービッド・アトキンソン(小西美術工藝社社長)※東洋経済オンラインより転載

国益を無視した日本商工会議所の主張、ここがおかしい

【主張1】「最低賃金1000円で大量倒産」には根拠がない

先ほど紹介した日本商工会議所の「中小企業の倒産が続出する」という最低賃金の引き上げに対する反対理由は、まったく的を射ていません。

人手不足でなければ適切な意見だったかもしれませんし、高齢者問題がなければ考慮の余地もあったかもしれません。しかしこの2つの大問題を前にすると、日本商工会議所の反論は単なる条件反射的な拒否反応のようにしか思えません。

現在、日本で最低賃金で働いている人は、全労働者の約1割だと言われています。ですので、仮に最低賃金が引き上げられ、彼らの何%かが職を失うことになったとしても、大量の失業者が出ることにはなりません。

現に、ここ20年近く最低賃金を上げ続けてきたイギリスでも、経営者団体は同じような脅し文句を言っていましたが、失業率は逆に低下しました。しかも、その因果関係は大学によってきちんと検証されています。

日本商工会議所ほどの大組織が国の政策に口を挟むのでしたら、「失業者がいっぱいでるぞ!」などという根拠もない大声を上げるのではなく、きちんとした分析を行って、エビデンスを提示するべきです。

最低賃金が1000円になったら、どの県で、どれだけの数の会社が倒産して、何人の労働者の雇用が失われるのか。人手不足で何人が採用され、失業率はどうなるのか。それをきっちりと分析したうえで反対意見を出してもらえなければ、なんの説得力も持ちません。

今のままでは、ただの感情論でしかなく、小さな子どもが「やだ、やだ、やだ」と言っているのと変わらないのです。

いろいろなところで申し上げていますが、今の日本は人口減少と高齢化の同時進行という、世界のどの国も経験したことのない、未曽有の危機に直面しているのです。その日本の将来を左右する政策に対して、ろくな分析結果も示さず、根拠なき反論をするのは無責任極まりないとしか言いようがありません。

とくに、最低賃金を上げると失業者が増えるという考えは、あまりにも単純すぎます。その考え方の背景には、「売り上げは不変で、賃金に使える予算も一定。だから賃金が上がると、倒産するか、賃金が上がった分だけ人を減らして人件費を削らなくてはいけなくなる」という、極めて単純かつ短絡的な思い込みが存在しているように感じます。

見方を変えると、この場合の企業の経営者は、「売り上げを増やすことができない」と言っているのと同じです。そもそも売り上げを増やすことのできない経営者に、経営者を名乗る資格はありません。こんなことを堂々と言い出す日本商工会議所とは、無能な経営者の集まりなのでしょうか。

最先端技術を使ったり、輸出を考えたり、新商品の開発をしたりと、売り上げを増やす方法はいくらでもあります。実際、ほかの先進国はそうやって生産性を伸ばしてきたのです。

最低賃金と生産性の「卵ニワトリ問題」は決着済み

最低賃金を引き上げても生産性は上がらないという反論もありますが、これもただの感情論だと思います。実際に、イギリスなどでは「最低賃金を上げると生産性が高まる」という因果関係が科学的に証明されています。「常識的に考えると、生産性が上がって初めて最低賃金が上がるのであり、逆ではない」という人は、その論文を読んでいないだけでしょう(The UK National Minimum Wage's Impact on Productivity)。

イギリスにおける徹底的な分析によって、もう1つわかっている事実があります。それは多くの労働者を最低賃金で雇用している会社は、実はブラック企業が多いということです。日本商工会議所はブラック企業を保護するために政府に働きかけているわけではないでしょうが、結果的にそうなってしまっていないか、改めて考え直していただきたいと思います。

【主張2】「雇用を守る」は極めて視野が狭い

先ほど紹介した2番目の反対意見、「従業員の雇用を守るためには、長期にわたって安定的な経営をすることが重要」に関しても、極めて視野が狭いとしか言いようがありません。

人口が増加している時期は、たしかに雇用の確保がいちばん重要です。しかし、人口減少・高齢化危機の時代には、雇用と給料のバランスを取らなくてはいけないということを強調しておきたいと思います。

今まではたしかに雇用ありきだったかもしれませんが、社会保障の負担を考えれば、雇用と失業率だけにこだわるのは危険です。これからは、人口が減って人手不足になるのですから、そもそも雇用の確保は問題ではなくなります。そのうえで社会保障の負担を考えれば、働いている人がどれだけ正当な給料をもらえるかという「所得」が問題になります。

このことが理解されていないのか、もしくは自分たちの特権を守るためにへ理屈を言っているのか。日本商工会議所の意見が苦しく映る、非常に象徴的な反対意見のように思います。とくに、社会保障の負担に貢献できない企業を長期的に存続させることは、国難につながりかねません。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

サハリン2のLNG調達は代替可能、JERAなどの幹

ビジネス

中国製造業PMI、10月は50.6に低下 予想も下

ビジネス

日産と英モノリス、新車開発加速へ提携延長 AI活用

ワールド

ハマス、新たに人質3人の遺体引き渡す 不安定なガザ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中