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熟年の母もiPadに夢中

ハイテク音痴の彼女が形と機能に「ひと目ぼれ」──使い勝手の悪いフル装備のパソコンはもう要らない?

2010年6月11日(金)13時43分
イアン・ヤレット

 アメリカでの発売以来、たちまち人気製品となったアップルのタブレット型端末iPad。絶賛する声が多いが、中には懐疑的な意見もある。

 カメラが付いていない。屋外では液晶ディスプレイの表示が見にくい。複数の作業を同時に行うマルチタスク機能がない。一番安いモデルが499ドルもするのに携帯電話の代わりにはならない。ネットブックやスマートフォン(高機能携帯電話)のほうがお買い得ではないか──。

 4月3日の発売開始以来、iPadの販売台数は50万台を突破した。しかし幅広く普及させるには、ハイテクマニア以外の購買層を取り込む必要がある。

 一般消費者がiPadをどう思うか知りたいと思った私は発売初日、折り紙付きのハイテク音痴を伴ってアップルストアに行ってみた。連れていったのは私の母だ。アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)の最新作は、果たして「ママでも使える」製品なのだろうか。

ネットとメールで十分

 母は50代半ばの理学療法士で、電子機器にはほとんど関心がない。母にとってコンピューターはあくまでも道具。簡単な文書作成や電子メール、ウェブサイト閲覧などのために、DVDドライブの壊れた旧式のマックブックを使っている。iPodが便利だといくら説明しても無関心だし、私が期待の新技術についてまくし立ててもたいてい上の空だ。

 母はアップルストアに行くことに乗り気ではなかったが、何とか説得して車に乗せた。

 ところが店でiPadをいじり始めた途端、態度が一変した。メールやウェブ閲覧用のアプリケーションソフトを試し、縦と横で自動的に画面表示が切り替わるのを見て、しかめっ面が笑顔に変わった。母は興奮していた。すぐにでも自分のものにしたいという感じだった。

 明るく見やすいディスプレイ、操作しやすいインターフェース、スマートなデザインに魅了されていた。「素敵ね」と母は言った。iPadをバッグに入れておけば、無線LANが使える所ならどこでもメールの送受信ができるし、サイトを閲覧できるのがいいというのが母の感想だった。

 批判されている「欠点」はまったく気にならないようだった。重要なのは形と機能。母はハイテク通ではないので、スマートフォンのようにカメラを付けるべきだとか、マルチタスクでないのは不便だなどとは考えなかった。つまり「ひと目ぼれした」のだ。

 iPadは高度な文書作成やウェブデザイン、ビデオ編集には使えないが、情報を入手したり、動画などを楽しむには便利な道具だという意見がある。母が示した態度はこの見方を裏付けるものだ。

「ママでも使える」で合格

 母から上の世代の多くは、コンテンツを作るのではなく利用する側だ。母はiPadを手に取って数分で、これだけあればパソコンをほとんど使わなくて済むかもしれないということを理解していた。実際iPadがあれば、旧式のマックブックはCDの音楽などをiPadに取り込む際の「中継基地」のような存在になるだろう。

 iPadは「ママでも使える」かどうかのテストを高得点でクリアした。一般消費者の間に普及したら、アップルのビジネスモデルはどんな影響を受けるだろうか。

 iPad人気に押されてフル装備のパソコンの売り上げが減る可能性を指摘する声もあるが、その代わりアップルには新しい収入源が生まれる。仮にパソコンの売り上げが減ったとしても、iPadユーザー向けにコンテンツやアプリケーションを販売して儲けることができる。

 あの日、アップルストアに在庫があったら、母はその場で買っていたはずだ。母がハイテク製品の店から帰りたがらないなんて初めてのことだった。よほど気に入ったのだろう。     

[2010年5月 5日号掲載]

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