最新記事

アメリカ経済

ありもしないインフレの亡霊を振り払え

相変わらずアメリカではインフレを懸念する声が根強いが、実際にデータを見てみても心配すべき兆候は見当たらない

2010年5月25日(火)18時12分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

インフレの兆候? 確かに金価格は上昇しているが、それはむしろ例外だ Issei Kato-Reuters

 お願いだから、少しの間インフレの心配はやめてもらえないだろうか。ほんの数カ月でもいい。

 08年の金融危機以降続いてきたFRB(米連邦準備理事会)の資金供給の拡大や事実上のゼロ金利政策、そしてアメリカ政府の大規模な景気刺激策(と赤字財政)は、ある深刻な懸念を招いてきた。これらの政策は経済の鉄則により、通貨の下落や政府の長期借り入れコストの増大、そしてインフレを引き起こすのではないかという懸念だ。

 だが実際は金相場という例外を除くほぼ全ての指標で、インフレ率やインフレ期待は08年秋からほとんど上昇していない。アメリカ経済が再び成長に転じた後もその傾向は変わらない。データはむしろ、デフレの方向を指し示している。少なくともインフレ的なところはどこにもない。

 米労働統計局が先週発表した統計によると、今年4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比マイナス0.1%。過去12カ月間の上昇率も2.2%でしかない。価格変動が激しい食料品やエネルギーを除外したコアCPIの数値は、さらに心強い。この1年間の上昇率はわずか0.9%で、1966年1月以来最低の上昇率にとどまっている(詳しくはポール・クルーグマンの5月19日のブログに載っているグラフを参照)。

 インフレを後押しする力は間違いなく働いている。金価格の上昇や商品価格の回復(ダウ・ジョーンズとUBSによる商品物価指数の長期指標のチャートを見てほしい)、中国など新興市場の急成長、そして世界的な財政・金融の緩和政策などだ。

物価上昇を打ち消す力も強い

 だが金融危機後の経済環境では、インフレを打ち消す力もまた働いている。とくに、アメリカとユーロ圏という世界の2大経済でその傾向が強い。

 アメリカは成長力を再発見しつつあるが、経済にはまだまだ緩いところが残っている。設備稼働率失業率を見ただけでも、それは歴然としている。そんなアメリカで、値上がりが見込まれる商品を見つけるのは難しい。住宅価格の下落は止まったかもしれないが、上昇に転じる気配はない。原油価格もここ数週間、下落を続けている。

 市場も、インフレが金利の上昇やドルの下落を招く可能性は少ないと見ているようだ。それぞれの通貨の貿易取引量を加味した実効為替レートは、ドルは08年から急上昇し、最近もまた回復傾向にある。

 インフレ期待が高くないことは、価格がインフレ率に連動するインフレ連動国債TIPSの利回りが低いことからも分かる。現在のTIPS10年物の利回りはわずか3.2%。過去5年間の10年物の利回りチャートを見ても、インフレ的とはとても言えないようだ。

 もちろん世界を危機が襲ったときは常に、投資家はドルや国債を買いに走るもので、結果としてアメリカの金利は下がる。直近の危機であるヨーロッパの問題も、アメリカのインフレを抑制する要因となった。

ヨーロッパはデフレに突入か

 世界で危機があるたび投資家がドルと米国債に殺到するのはご存じの通り。これも金利を低く抑える要因だ。最近の欧州経済の危機は、さらなるデフレ圧力になる。アメリカ経済とほぼ同じ規模をもつユーロ圏経済は今、危機への対応に追われている。欧州中央銀行(ECB)は08〜09年のFRBと同じく金融を緩和している。だが財政政策はアメリカとまったく逆だ。欧州各国の政府は、減税や財政出動ではなく財政を引き締めようとしている。ドイツスペイン、ギリシャ、ポルトガルは政府支出を削減し、増税を行っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イランに48時間以内のホルムズ開放求め

ワールド

イラン、イスラエルの核施設付近攻撃 初めて長距離ミ

ビジネス

アングル:コーヒー相場に下落予想、「ココア型暴落」

ワールド

アングル:米公共工事から締め出されるマイノリティー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    メーガン妃、親友称賛の投稿が波紋...チャリティーの場でにじんだ「私的発信」
  • 3
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 4
    BTSカムバック公演で光化門に26万人、ソウル中心部の…
  • 5
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 6
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 7
    「日本人のほうが民度が低い」を招いてしまった渋谷…
  • 8
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 9
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 10
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 4
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 9
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 10
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中