最新記事

自動車

金融革新がGMを破産に追い込む

巨額債務の返済期限を6月1日に控え、GMの破綻が現実味を帯びてきた。背景には融資先が破産したほうが得をする「空っぽの債権者」の存在がある

2009年5月13日(水)21時14分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

前途多難 再建をめざすGMに対して債権者の反応はシビアだ Fred Thornhill-Reuters

 金融危機から1年近くが経ち、ようやく何が起きているかの実態が明らかになりつつある。

 米政府が大手銀行を対象に行った厳格な「ストレステスト(健全性審査)」の結果、多くの大手銀行は破綻しそうにないという投資家の信頼感を取り戻し、政府の指示で自力の資本増強に奔走している(大手銀ウェルズ・ファーゴなどの新株発行を引き受けることで投資銀行は大儲けしており、その意味でストレステストは金融界に対する景気刺激策にもなっている)。

 一方で、連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)や連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)、GMの金融子会社であるGMアクセプタンス・コーポレーション(GMAC)のように再建不可能な組織には、追加の公的資金注入が行われることも明らかになってきた。

 市場は「生存者」と「死者」を区別しはじめたのかもしれない。それが言い過ぎだとしても、生き残れそうな企業に金をかけ、先行きの暗い企業からは手を引きはじめたのは確かだ。

 懸案の自動車業界でも明暗がはっきりしつつある。クライスラーはすでに連邦破産法11条の適用を申請している。

 難局を乗り切れる公算が最も高いとされてきたフォードは5月12日、普通株3億株を発行し14億ドル以上の資金を調達した。会社に未来があると思わなければ誰も株など買わないわけだから、これはまさに投資家による信任投票だ。

金融革新が債権者の行動を変えた

 そして、残るはゼネラル・モーターズ(GM)。6月1日に巨額債務の返済期限を控えており(社債保有者に対する270億ドルの債務を含む)、返済できなければ破産を申請する可能性が出てくる。

 GMの行く末について賭けるとしたら、「破産」に大金が集まるだろう。そして、実際にGMが破産すれば、「空っぽの債権者」シンドロームを裏付ける新たな証拠となるかもしれない。

 われわれが初めて「空っぽの債権者」説を論じたのは数週間前。背景にあるのは近年の金融革新で、借り手が債務不履行に陥った場合に社債保有者などの債権者に保険金が下りる保険が登場したことだ。そのため、借り手が破産したほうが儲かると考える債権者が現れはじめている。

 企業が正式に破産した場合のみ保険金が支払われるため、社債保有者は社債を株式に交換する債務削減策を敬遠し、企業を破産に追い込むよう仕向ける可能性が高い。

 GMも「空っぽの債権者」シンドロームの典型例になりそうだ。債務を削減すれば政府の追加支援を受けられるため、GMは債権者にある取引をもちかけた。

 GMが破産申請をすれば、債権者への支払い方法をめぐってカネのかかる裁判が延々と続くことになり、債権者には好ましくない。そこでGMは、債権者に株を渡し、引き換えに債務を帳消しにしてもらうという提案をした(政府が50%、全米自動車労組(UAW)の医療保険基金が39%、既存の株主がわずか1%、そして社債保有者が10%の株式を割り当てられる)。

債務株式化に応じては損をする

 もっとも社債保有者にとっては、この提案はさほど「お得」ではない。なぜか。

 政府と労働組合の管理下に置かれた企業がグローバル市場の激しい競争に勝ち抜けると信じていなければ、債権者が債務の株式化に応じるわけがない。

 しかも、債権者の多くは「空っぽ」の債権者。彼らにとっては、GMを救うために債務を減らすより、GMが破産したほうが利益を得られるのだ。

 ジャーナリストのへニー・センダーは、この状況を英フィナンシャル・タイムズ紙で解説している。GMの社債保有者は、かつての額面270億ドルから今では10分の1の価値しかなくなった社債を、GMの株式と交換するよう求められている。もしGMが立ち直れば、株式はそれなりの価値になるが、立ち直れなければ価値はゼロだ。

 センダーが言うように、貸し倒れに対する保険であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)に多くの債権者が加入しており、GMが正式に債務不履行に陥った場合のみ保険金が支払われる。

「GMが債務不履行になった場合、CDSの加入者にとっては24億ドルの利益になるという試算がある」と、センダーは書いている。一方、株式は紙切れになっても債務不履行にはならないので、債権を株式と交換してしまえばCDSのメリットが享受できない。

 つまり、債権者は二者択一を迫られているわけだ。債務の株式化に応じずにGMが破産すれば、6月に規定の保険金を受け取れる。債務の株式化を受け入れてGMが破産を回避すれば、将来価値が上がるかわからない株式が手元に残る。

 債権者はどちらを選ぶだろう? この問いに答える前に思い出してほしい。債券に投資する人は株式投資を選ぶ人に比べて、確実なリターンを重視する人種だということを。

 これでは、GMの6月破産説に賭ける人が多いのも無理はない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中