最新記事

アメリカ経済

米金融ロビーが恐れる債務者のための女性闘士

個人破産者の立場から米政府の銀行救済策を監視する破産法の権威は、金融制度改革の旗手か、単なる過激思想家か

2009年4月22日(水)19時04分
ダニエル・マギン

家は銀行の手に この危機の根っこには騙された消費者がいる(差し押さえられたオハイオ州デンバーの住宅) Rick Wilking-Reuters

 ハーバード大学の法科大学院といえば、気難しくて威圧的な教授が、講堂を埋め尽くす学生相手に合衆国憲法に関する高邁な議論を吹っかけるイメージがある。だが2月のある夕方に訪ねた地下の教室は、それとは似ても似つかぬ光景だった。

 学生はたった9人。パソコンとにらめっこをする彼らを、教授のエリザベス・ウォーレン(59)が大げさにほめたり遠慮がちに批評する。彼らの志望は、弁護士や検事になることではなく法律の教授になることだ。だからこのクラスでは、お堅い学会誌向けの論文の書き方を指導している。

 学生を象牙の塔に招じ入れることにかけては、アメリカを代表する破産法の研究者、ウォーレンの右に出る者はそういないだろう。彼女自身がこの30年間、法律図書館以外ではほとんど誰も読まないような論文を書き続けてきたのだから。

 だが、この数カ月の彼女の仕事は、地味どころか大いに目立つものだった。08年11月、民主党のハリー・リード上院院内総務はウォーレンを、米議会のために不良資産救済プログラム(TARP)などを監視する委員会の委員長に任命した。その使命は、米政府の銀行救済策を評価し、議会に金融システム改革のあり方を助言することだ。何年も前から銀行を批判してきたウォーレンは、自らの信念を法律にする絶好の機会を手に入れた。

自己破産は借金踏み倒し?

 その実現のためには、政治的に振る舞うことを学ぶ必要がある。必ずしも彼女の強みとは言いがたい。だが、もし政治が人より大きな声を出すことだとすれば、最初の数カ月は成功だった。

 ウォーレンは頻繁にテレビのニュース番組に出演し、ブッシュ前政権の金融危機に対する初期の対応をこき下ろす報告書も出した。「銀行は救えるけどアメリカの家族は救えない、というのはまちがっている」と、彼女は最初の報告書を発表した後に言った。

 ウォーレンがハーバードに着任したのは95年。アメリカの破産制度に関する画期的な研究が評価されてのことだ。初期の研究で彼女は、自己破産を申し立てる貧困層が実際いかに貧困かを分析した。彼らは破産制度を悪用して借金を踏み倒しているだけだ、という富裕層の見方を覆すものだ。後には、自己破産の3大原因を特定した。離婚と失業と医療費負担だ。

 ウォーレンの教え子の一人で現在はアイオワ大学で法律を教えるキャサリン・ポーターは、講義の初日になぜ破産の研究が面白いかについてウォーレンが話した言葉をよく覚えている。「これは資本主義の裏側についての研究だから。資本主義は勝者に報いるのは得意だが、敗者をどう扱うべきかについては何も語っていないから」

 だから、銀行救済を監視する委員会のトップに抜擢されたとき、迷いはなかった。朝には、上院の公聴会の中心に座っていることが多い。政治専門のケーブルテレビ局C−SPANのカメラが回るなか、ノーベル賞経済学者に向かってさっさと要点を述べるよう指図したこともある。

危険な金融商品は禁止せよ

 ウォーレンの構想は、家電製品や玩具などの安全性を監視する消費者製品安全委員会をまねて、金融商品安全委員会を作ることだ。実現すれば、信用危機の原因になるような無責任な設計の住宅ローンは市場から駆逐されるだろう。「この危機は、アメリカの家族を騙すことから始まった。解決策もそこから始まらなければならない」と、彼女は言う。

 監視委員会の報告書は、毎月のように論争を巻き起こす。民間の投資会社に分析を委託した2月の報告書では、08年秋に大手銀行に資本注入したとき、財務省は銀行の株を3割以上も高く買ったと結論づけた。過去の金融危機を研究した4月の報告書では、債務超過の銀行を清算して経営陣をクビにしたほうが、迅速かつ整然と混乱が収拾できると主張した。

 ウォーレンのアイデアのいくつかには、厳しい批判もある。「クレジットカードと火を噴くトースターを一緒にするのはおかしい」と、ジョージ・メイスン大学の法学教授トッド・ジウィキーは言う。なぜなら欠陥家電製品とは違い、複雑なローン商品には実際に一部の借り手のニーズがあるからだ。あらゆる貸し手が略奪的であらゆる借り手が不幸な犠牲者と考えるウォーレンの見方は短絡的すぎると、ジウィキーは言う。

 金融業界のアナリストはさらに批判的で、彼女の学問は見かけ倒しで過激思想の持ち主だと陰口を叩く。そもそも、彼女が率いる監視委員会がどれほどの影響力をもつかに疑問を投げかける批判派もいる。「何の権限も執行力もなく、提言をするだけ。お説教をする立場にすぎない」と、あるロビイストは言う。

銀行主導の「改革」に対抗する

 それでも、ウォーレンのような考え方は勢いを増している。3月、民主党のディック・ダービン上院議員は、金融商品安全委員会を創設する法案を提出した。議会が金融規制改革の審議を進めるうえで、ウォーレンの考えは影響力をもつだろうと下院金融委員会のバーニー・フランク委員長(民主党)は言う。「エリザベスは、金融業界のことだけを考えて銀行救済を主導している勢力の圧力を相殺してくれる、優れた対抗勢力だ」と、フランクは言う。「私は彼女の意見を求めるつもりだ」

 この上なく精力的に働いてはいるが、それでも政治はわかりにくいと、ウォーレンは認める。彼女の主張は何度も新聞の見出しを飾ったが、議員たちがいったいどれだけ耳を傾けてくれるのかまったくわからない。

 ある夜、ハーバード大学のオフィスで本棚に囲まれて座っている彼女を見ると、ここにいるほうが幸せなのではないかと思えてくる。だが彼女は、今後数カ月間はきわめて生産的な時期になると期待している。ちょうど、1930年代に米証券取引委員会(SEC)や米連邦預金保険公社(FDIC)が設立されたころのように。

「歴史のなかでは、社会がほとんど変わらない時期が長い。だが、他の時期には大きな変化が起こることもある」と、彼女は言う。「われわれはこの危機から教訓を学ばなければならない」

 ウォーレン自身は、自分が信じるところを世に伝える絶好のチャンスを最大限に生かすつもりだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

国内外の市場の変化、高い緊張感もって注視=城内経済

ビジネス

世界の石油供給過剰予測、ひどく誇張されている=アラ

ワールド

独メルツ首相「欧州は米欧関係を拙速に見限るべきでな

ビジネス

ニデックをBa3に格下げ、見通しネガティブ=ムーデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の核開発にらみ軍事戦略を強化
  • 4
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 7
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 10
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 10
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中