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2010.05.31

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帰ってきたスーパースター

アップルを追放されたカリスマ、スティーブ・ジョブズが久々に放つ自信作「ネクスト」の開発秘話と90年代パソコン業界の行方

2010年5月31日(月)12時13分
ジョン・シュワルツ

手負いの天才 ビジネス面では用心深くなったが、発明の才と人を引きつける魅力は変わらない Blake Sell-Reuters

 生涯で最も重要な日まで余すところ数日、スティーブ・ジョブズもやはり細部にこだわっていた。カリフォルニア州バークレーのある高校の体育館で、新しいコンピュータ「ネクスト」お披露目のリハーサルが進行中だ。ブルージーンズに赤いフランネルのシャツのジョブズは、行きつ戻りつワイヤレスマイクに向かって原稿を読んでいる。

 発表会場には、サンフランシスコのデービーズ・シンフォニー・ホールを借り切った。その日を演出するために、専門家ジョージ・コーツも雇った。最初のスライドがスクリーンに映される。ジョブスが感激の声を上げ、周囲の重役がいっせいにそれにこたえる。

 ネクストが動き出す。オーケストラの生演奏を思わせる華麗な音楽を奏で、写真と見まがうほど鮮明な画像を映し出し、記憶装置に入っている古典から引用をしてみせる。

 そのときソフトウエアのちょっとした故障で、しゃれた黒いモニターの画像がストップした。悪名高いジョブズのかんしゃく玉が破裂するのを予期して、ネクストの社員に緊張が走る。

 スクリーンを凝視していたジョブズは肩をすくめ、静かに口を開いた。「まずいな。直しておこう。簡単なことさ」

 次いで、ネクストの自動組立工場がビデオに表れる。ジョブズは、ロボットが最新鋭のチップを組み込む映像を見つめた。つかの間、泣き出しそうな顔をすると、ジョブズは穏やかに言った。「美しい」

 スティーブ・ジョブズが帰ってきたのである。新しい飛び切りのマシンをひっさげ、以前より芝居っ気たっぷりに......。

新製品ネクストを観衆は拍手で迎えた

 20代前半だったジョブズが仲間とアップルコンピュータを創立し、アップルⅡを世に送り出してコンピュータを大衆化したのは10年以上も前のこと。マッキントッシュの使いやすいディスプレーやソフトウエアで業界の目を引いてからも、すでに四年がたつ。

 そして今、23歳のジョブズは、高等教育マーケットを一変させ、90年代を志向するという触れ込みでネクストを世に送り出す。

 ジョブズが好きか嫌いかはともかく、コンピュータの世界に住む者は、彼が3年間ひそかに温めてきたものが何かを知りたくてうずうずしていた。ネクストの宣伝担当者が発表の広告を出そうとウォールストリート・ジャーナルに電話をすると、こうからかわれた。「わざわざ広告など出さなくてもいいのに」

 ジョブズがネクストにかけているのは、1200万ドルの投資だけではない。それ以上に、名誉がかかっているのだ。

 アップルではたまたま成功しただけで、ジョブズは他人の技術をとりまとめるコツを心得たショーマンにすぎないと批判する声もある。

 ジョブズは、3年前にジョン・スカリーと対決して受けた傷がいまだに癒えていない。CEO(最高経営責任者)として自分がスカウトしたスカリーとの権力闘争に敗れ、アップルから追放されたのだ。

 大衆は、ジョブズをテクノ・パンクだとみなしがちだった。才能豊かで魅力的だが、少々生意気だというのだ。しかし失敗に学び、成熟したスタイルを身につけ、新しいコンピュータを携えて再登場すれば、真摯なコンピュータのつくり手であり、経営手腕があり、そして人間としてもついに成熟したジョブズを世間に見せることができるだろう。

 当初の反響をみるかぎり、ジョブズはここ数年間で最もエキサイティングともいえるコンピュータを作ることに成功した。サンフランシスコの発表会では、招待客3000人をうならせたのである。

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