最新記事

オバマ医療「改革」の幻想

米医療保険改革

オバマ政権の「国民皆保険」構想に
立ちはだかるこれだけの難題

2009.08.21

ニューストピックス

オバマ医療「改革」の幻想

無保険者を減らして医療費の伸びを抑制する。そんな虫のいい話を信じ込ませるオバマにだまされるな

2009年8月21日(金)17時05分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 アメリカの医療保険をめぐる議論で、最も間違った使い方をされているのが「改革」という言葉だ。改革が必要なのは誰でも分かるが、問題はその中身だ。

 バラク・オバマ大統領が描く改革プランには、みんなが満足するだろう。無保険者を減らす一方で、医療費の膨張を抑制し、未来の世代に財政赤字のツケを残さず、医療の質を高める......。こうした主張は人気取りのための誇張で、政治的な幻想にすぎない。そのばら色の約束が、真剣な国民的議論を封じ込めている。

 改革が抱える矛盾をオバマ政権は隠そうとしている。4~8年といった短期間で、無保険者を保険に入れて、なおかつ医療費の伸びを抑えることなど不可能だ。

 なんらかの抑制手段を取らない限り、保険加入者が増えれば当然、医療費は膨らむ。オバマは無駄をなくし医療費を抑える必要性をしきりに訴えているが、治療と医療費の仕組みを変えていくには何年もかかるし、痛みも伴う。

 例えば患者の負担が増えたり、医師や病院の選択肢が制限されかねない。しかし、オバマはこうした問題を軽くみている。実際には、どんな措置が有効かはっきりしないこともあり、なんら抑制策が取られないまま保険加入者の拡大が進むことになりそうだ。

財政赤字の拡大は必至

 下院に提出される民主党の改革法案では、メディケイド(低所得者医療保険制度)の対象枠を広げ、民間保険会社への補助金を増やすことで、無保険者を07年の4600万人から19年には1700万人に減らせるという。

 そのコストは今後10年で1兆ドルに上り、財政赤字は2390億ドル増える。しかも、高所得層への増税などで財源を確保しても、コスト増にはとうてい追い付かない。

 08年の予測では、医療費分の財政赤字は19年には650億ドルに上るという。年率4%赤字が増えるとすれば、次の10年間で累積赤字は8000億ドルに達する。

 それでもオバマは、「医療保険改革で、あなたとあなたの家族の負担は減る」と断言する(国が補助金を出さない限り、負担が減ることはあり得ないが)。

 オバマに言わせれば、「一番高価な医療ではなく、一番質の高い医療を提供するよう医師たちを奨励していく」ことで、「長期的に財政赤字を減らせる」という。

 だが客観的に判断して、この改革案は医療費の膨張をエスカレートさせる結果になりそうだ。オバマは演説が非常にうまいので、誤解を招く発言も理にかなった意見に聞こえてしまうが、本質を見誤ってはならない。

 オバマ政権は保険加入者の増加と、医療費抑制のどちらを重視するのか選ぶべきだった。この2つの両立は不可能なのだから。

事態はむしろ悪化する

 オバマは「皆保険」への一歩として、加入者の拡大を選んだ。これにより、何百万ものアメリカ人がより手厚い医療を受けられるようになるだろう(ただし彼らの健康レベルが上がる保証はない。何しろオバマは、無駄な医療が横行していると言っているのだから)。既に保険に入っている人も、無保険者に転落する心配がなくなって安堵するかもしれない。

 しかし多くの個人が恩恵を受けても、社会全体としては痛手を受けるかもしれない。これが医療保険制度改革の矛盾点だ。

 医療費の膨張がエスカレートすれば給与から天引きされる保険料が上がり、連邦政府や州・地方自治体の提供するその他の公共サービスの予算が圧迫される。税金は上がり、財政赤字は増える。

 オバマはこうした問題にも触れているが、その解決に真剣に取り組む気配はない。改革の幻想をばらまき口先でコスト抑制を唱えつつ、福祉を拡大するというお決まりのやり方を踏襲するばかりだ。

 メディアは改革という言葉をカギカッコ付きで使うべきだろう。この「改革」はむしろ事態を悪化させかねないからだ。     

[2009年8月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

情報BOX:パウエル米FRB議長の会見要旨

ビジネス

FRB、5会合連続で金利据え置き 副議長ら2人が利

ワールド

銅に50%関税、トランプ氏が署名 8月1日発効

ワールド

トランプ氏、ブラジルに40%追加関税 合計50%に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い」国はどこ?
  • 4
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 5
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 9
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中