最新記事

イランが微笑む本当の理由

イラン動乱の行方

改革派と保守派の対立は
シーア派国家をどう変えるのか

2009.06.26

ニューストピックス

イランが微笑む本当の理由

ガザ攻撃で揺らぐ穏健アラブ社会のイラン包囲網

2009年6月26日(金)12時42分
ファリード・ザカリア(国際版編集長)

 パレスチナ自治区ガザへの攻撃の規模を正当化するために、多くのイスラエル人が本当の敵はイスラム原理主義組織ハマスではなくイランだと主張する。イスラエル軍の広報官で歴史学者のマイケル・オレンに言わせれば、「ハマスに対する軍事作戦はイランの拡大に戦略的な打撃を与える唯一の機会」だ。

 その前提は、ハマスがイランの手先であるということ。ガザを実効支配するハマスの軍事力をつぶせばイランの力を弱めることになり、イランの野望を後退させるだろうというわけだ。果たして現実はどうか。

 そもそもハマスはイランの手先ではない。イランはパレスチナで数十年、シーア派の過激派組織イスラム聖戦に肩入れして資金を提供してきた。近年はハマスもイランから資金や武器の提供を受けているが、命令も受けているわけではない。今回のハマスの行為にもイランの指示はないだろう。

 しかしそれ以上に重要なのは、イスラエルの軍事行動が具体的にどれだけイランの力を弱めたかということだ。「アラブ世界におけるイランの本当の影響力はソフトパワーに基づいている。自分たちはパレスチナの偉大なアラブの大義の擁護者だという評判を築いてきたのだ」と、中東問題の専門家ワリ・ナスルは指摘する。

 イスラエル軍の進攻に対し、穏健アラブ諸国は自己防衛に回っている。エジプトのホスニ・ムバラク大統領はイスラエルの攻撃開始から数日後にイスラム原理主義者を非難した後は、あわててイスラエル非難に加わった。ヨルダンとサウジアラビアも同じように立場を変えている。06年のイスラエルとレバノンのシーア派民兵組織ヒズボラの戦闘の際と同じ反応だ。

 一方で、イランではマフムード・アハマディネジャド大統領が主要な会合でイスラエルを声高に非難。最高指導者アリ・ハメネイは12月28日の声明で、国民に応えないアラブ諸国を非難した。「ここにアラブ世界の......学者(やスンニ派の最高権威の識者)に問う。『今こそイスラム教とイスラム教徒が直面している脅威を感じるべきではないのか』」

 ヒズボラを率いるハッサン・ナスララはエジプト人(とエジプト軍)に向けて、さらにはっきりと訴えた。「私はクーデターをめざしているのではない。あなたがたの指導者に直接会って、ガザで起きていることを受け入れていないと伝えるだけだ」

アラブ世論を味方につける戦略

 もっとも、アラブの世論の動きを本当に知るためには、民主選挙で選ばれた指導者の声を聞く必要がある。アメリカの忠実な盟友であるイラクのヌーリ・マリキ首相はすべてのアラブ国家とイスラム国家に対し、「武器を持たない平和な市民に非道な攻撃を続ける残忍な政権とは、外交関係を中止してあらゆる関係を断つ」べきだと訴える。

 イスラエルの軍事行動は、有利に動いていた流れを自ら弱めている。この2年、エジプトやサウジアラビア、ヨルダンなどの国々は、中東地域の主な懸念はイランの台頭だと認識するようになり、その点では利害も展望もイスラエルと事実上重なる。

 つまりイスラエルは史上初めて、穏健アラブ諸国と暗黙の同盟を結びつつあるのだ。このあいまいな同盟をコンドリーザ・ライス米国務長官が後押しし、はぐくんできた。

 ただし同盟の弱点はアラブの世論であり、イランはそれを見抜いている。そこでイランは同盟を弱体化させる戦略として、アラブの世論に対し、自分たちはパレスチナの大義にとって最大の擁護者であり、だからアラブの敵にはなりえないとほのめかす。彼らの本当の敵は彼らの政権なのだ、と。

 イランの中でも均衡が変わりつつある。穏健派は最近は沈黙している。改革派の新聞の1面はパレスチナの赤ん坊の遺体の写真だ。「1カ月前はテヘランで最大の議論といえば原油価格の下落と経済運営の失敗だった」と、ナスルは言う。「今はパレスチナとアラブ世界の怒りだ。そのほうがアハマディネジャドには都合がいいだろう」

 イスラエルにとって06年のヒズボラとの戦闘の教訓は、戦術を進歩させることだった。実際、優秀な防衛部隊はうまく順応してきた。しかしガザ攻撃は、イランの宗教指導者を勢いづけるイデオロギー上の争点を与えているのかもしれない。それが今回の戦争の政治的教訓かもしれない。

[2009年1月21日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

エルサレム郊外のバス停銃撃事件、ハマス軍事部門が犯

ワールド

ロシアがシリアに大規模代表団、新政府と関係構築 ノ

ワールド

イスラエルがハマス幹部狙い攻撃、ガザ交渉団高官ら 

ワールド

バイル仏首相が正式辞任、内閣信任投票否決受け=政府
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒否した母親、医師の予想を超えた出産を語る
  • 3
    富裕層のトランプ離れが加速──関税政策で支持率が最低に
  • 4
    もはやアメリカは「内戦」状態...トランプ政権とデモ…
  • 5
    ドイツAfD候補者6人が急死...州選挙直前の相次ぐ死に…
  • 6
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 9
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 10
    石破首相が退陣表明、後継の「ダークホース」は超意…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 4
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    エコー写真を見て「医師は困惑していた」...中絶を拒…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中