コラム

二人のおばあちゃんが、経済の専門家を訪ね歩いて知識を吸収し、アメリカ経済に切り込んだ

2015年09月04日(金)16時50分

出禁の二人 二人は経済の専門家を訪ね歩く・・。『シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人』Faction Film(C)2013

 ユニークなアプローチでアメリカ経済に切り込むドキュメンタリー『シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人』の主人公は、シアトルの片田舎に住む92歳のシャーリーと86歳のヒンダというふたりのおばあちゃんだ。持病を抱え、電動車椅子のお世話になる彼女たちは、スーパーマーケットに並ぶ商品を見て、この国はゴミとクズだらけだとぼやく。巷ではどんどん買い物して経済を成長させるしかないといわれているが、物が増えて幸せなのか。彼女たちはそんな素朴な疑問から出発し、経済の専門家を訪ね歩いて知識を吸収し、ついにはウォール街へと乗り込んでいく。

 シャーリーとヒンダは、歌とユーモアを通して平和や社会的、経済的平等を推進するおばあちゃんのみの活動団体"Raging Grannies"のメンバーだ。ノルウェーを拠点に活動するホバルト・ブストネス監督は、YouTubeでこの団体を知り、実際に何人かのメンバーと会い、ふたりに魅了され映画を作ることにした。但しこれは、好奇心旺盛で尋常ではない行動力を持つおばあちゃんを追いかけただけの映画ではない。監督が、5年の制作期間でリサーチや編集に時間をかけたと語っているように、実は緻密な構成が埋め込まれている。



 シャーリーとヒンダの心をつかむのは、生態系内での持続可能な繁栄を目指す定常経済であり、エコロジー経済学者も登場するが、具体的なレクチャーに時間を割いているわけではない。定常経済に関する本の冒頭には、だいたい共通する課題が掲げられている。有限の世界のなかで無限に成長することはできないといえば、それは比較的容易に受け入れられる。しかし、成長を疑い、生活様式を見直すとなると、否定的な反応が返ってくるということだ。

 シャーリーとヒンダもその壁に当たる。大学の経済学の講義に出席するものの、不況や成長について勝手に質問したため、退室を命じられる。キャンパスで出会う学生は、成長しない社会など想像することもできない。投資管理アドバイザーは、小惑星の衝突や大災害が起こらない限り、経済は成長しつづけると説明する。ちなみに、この映画にはシャーリーがティム・ジャクソンの『成長なき繁栄』(田沢恭子訳、一灯舎)を手にしている場面がある。そのなかには、「成長に疑念を投げかけたりする者は、奇人か理想家か革命家とみなされる」という記述がある。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国11月物価統計、CPIが前年比で加速 PPIは

ワールド

トランプ氏、メキシコなどの麻薬組織へ武力行使検討 

ワールド

NZ中銀、政策の道筋は決まっていない インフレ見通

ワールド

北朝鮮、9日にロケットランチャーを数発発射=韓国国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story