コラム

日本経済の地盤沈下を象徴する航空業界

2019年03月08日(金)12時40分

ドイツにしばらく住んでいた経験からすると、ヨーロッパ域内の航空運賃は日本国内よりだいぶ安い。ヨーロッパのどこへでも片道50~100ユーロ(6000~12000円)で行けてしまう。JALやANAで東京から札幌や福岡に行こうとすると、割引運賃でも片道3万円ぐらいかかる。香港や台北に行くのと変わらない。

なぜヨーロッパの航空運賃が安いのかというと、ヨーロッパ域内は格安航空会社(LCC)の天下だからである。だいたいどこへ行くにもライアン・エアー、イージー・ジェット、ユーロウィングズといったLCCが便利、というか、それしか選択肢がないことも多い。

日本でもLCCがだいぶ増えてきて、東京―那覇などリゾート路線ではけっこう飛ぶようになったが、最も客数が多い東京―札幌、東京―福岡といった路線はJALとANA以外の選択肢が乏しい状態が続いている。

ヨーロッパでは域内はLCCで移動するのが当たり前になったのに、日本ではJALとANAの二社寡占の状態がなかなか変わらない。それは、社用出張族が国内線の乗客の大きな割合を占めていることと関係しているのではないだろうか。

大手航空会社を支える社用族

東京―福岡便などに乗ると、乗客の95%がスーツ姿のサラリーマンということも珍しくない。航空運賃は会社の経費で落とせるから、お高くても伝統と信頼のJALとANAが選ばれるのだろう。

加えて、JALとANAは頻繁に出張するサラリーマンに対して秘かな役得を提供している。この2社のマイレージの還元率は異様に高いのだ。1万マイルたまれば、1万円分の金券に換えることができる。東京・上海間をエコノミークラスで5往復すれば1万マイルに到達して1万円キックバックされる。私は外国の航空会社のマイレージクラブにもいくつか入っているのだが、数万マイルたまっても何の恩恵もない。マイレージによる還元はJALとANAから日本企業の出張社員全体に対するやんわりとしたリベートである。

こうして、日本の国内線は、ヨーロッパ域内やアメリカ国内に比べてざっと2倍以上の航空運賃をとるJALとANAの寡占状態で落ち着いている。経費と出張社員の役得に甘い日本の企業社会と日本の航空会社との間で暗黙の結託が成立している。

その帰結が図1でみたような日本の航空旅客数の長期停滞である。日本の航空業界の停滞は、日本経済の停滞の帰結ないし反映というよりも、それ自体が日本経済の停滞の一因であるとさえ言えそうである。LCCによる価格破壊の波を日本の国内線にも呼び込み、もっと気軽に飛行機に乗れるようにすれば、日本の航空旅客数はかなり増えるだろう。これぞ粉飾する必要のない真水の経済成長である。

※3月12日号(3月5日発売)は「韓国ファクトチェック」特集。文政権は反日で支持率を上げている/韓国は日本経済に依存している/韓国軍は弱い/リベラル政権が終われば反日も終わる/韓国人は日本が嫌い......。日韓関係悪化に伴い議論が噴出しているが、日本人の韓国認識は実は間違いだらけ。事態の打開には、データに基づいた「ファクトチェック」がまずは必要だ――。木村 幹・神戸大学大学院国際協力研究科教授が寄稿。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story