コラム

日銀の植田総裁が「さらなる景気悪化」のリスクを知りつつ、それでもマイナス金利「解除」を決断した理由

2024年04月03日(水)17時20分
日本銀行の植田和男総裁

KIM KYUNG-HOON–REUTERS

<際限ない円安と物価上昇を回避する必要があったのは間違いないが、現実問題として今の日本経済はボロボロの状態>

日銀がマイナス金利政策の解除に踏み切ったことで、長く続いた大規模緩和策が事実上、終了に向けて動き始めた。これ以上、緩和策を継続すれば、際限なく円安が進む可能性があったことを考えると、日銀の決断は正しかったといえる。

だが、現実問題として日本経済はボロボロであり、金利の引き上げに十分、耐えられる状況ではないこともまた事実である。いばらの道はこれからであり、綱渡りの政策運営が続く。

日銀は今年3月19日の金融政策決定会合において、マイナス金利の解除を決定した。一部に適用されているマイナス金利をやめるだけの措置であり、ゼロ金利をプラスにするのは早くても今年の秋なので、今回の決定はごくわずかな変更にすぎない。

だが10年以上にわたって続いた大規模緩和策が終了に向けて動きだしたという点で、今回の決定には大きな意味がある。

大規模緩和策は日銀が積極的に国債を購入することによって市場に大量のマネーを供給。経済にインフレ期待を醸成させ、設備投資の拡大など企業の行動変容を促す政策であった。

政策の実施後、株高と円安が進むなど一定のインフレ期待は生じたものの、本質的な問題を抱える企業の行動は変わらず、経済の好循環は発生しなかった。

極めて副作用の大きい政策だった大規模緩和策

大規模緩和策は極めて副作用の大きい政策であり、このままズルズルとマネーの供給を続ければ、円安とそれに伴う物価上昇が止まらなくなるリスクがあった。当該政策の立役者であった黒田東彦前総裁は、自らの政策を軌道修正することはできず、その役割は、新しく総裁に就任した学者出身の植田和男氏に託された。

外部からの登用でしがらみが少ないとはいえ、植田氏にとっても決断は容易ではなかったはずだ。だが今年に入って政治的状況が急変したことで、一気に政策転換の条件がそろうことになった。

岸田文雄政権はこれまでになく強い調子で経済界に賃上げを迫り、今回の春闘では5%超という従来にはない水準の賃上げが実現。突如、浮上した永田町の裏金問題によって、自民党には大規模緩和策(アベノミクス)の継続について議論する余裕がなくなってしまった。

加えて、激しく進んだ円安の影響で株価が急上昇し、見かけ上は市場環境が好転しているかのような状況となっている。日銀にとってこれほどのチャンスは後にも先にもないことは明らかであり、実際、何事もなくあっさりと政策転換が決まった。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、10月は前月比・前年比とも伸び

ワールド

オーストラリア、銃乱射事件受け規制強化へ 無期限許
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story